(5)


日曜日。薄曇りでムシムシしているが、雨が降りそうな感じではない。

叶たち3人は、(叶だけは再び)植物園に出かけた。

昔、子どもの頃に連れて行ってもらった時は両親に両手を繋がれていたが、高校生ともなるとそうもいかず、叶は両親の少し後ろをついて歩いた。

「3人で来るの、久しぶりだな」

と悠介が言い、晴海も

「ね。あのとき叶、アスレチックでいっぱいはしゃいでたよね」

と、懐かしい思い出話をした。

園内をゆっくり見てまわり、お昼はレストランでそれぞれ、父は唐揚げ定食とノンアルビール、母は天ぷらうどん、叶は日替わりランチを食べた。

その後売店に行き、両親がそれぞれ土産物を見て歩く中、叶は先日みんなでお揃いで買ったキーホルダーのコーナーを見ていた。

お揃いで買ったキーホルダーは多色展開になっており、青、赤、黄、オレンジ、緑、ピンク、紫、白、金、銀などの、ぷっくりと膨らんだ可愛い花の形をしたモチーフが付いている。

清花は青、麻里香は赤、優奈は紫、奈緒は金、朱莉は黄を買っていた。叶は白を買っていたが、久美子に取られた(と思われる)のと、また同じ色を買うのはなんとなく嫌だったので、今回はピンクを選び、母に買ってもらうことにした。



植物公園を出たところで、叶は両親にメモで伝えた。

(ちょっと寄りたいところがあるから、先に帰ってて)

「分かった。でもあんまり遅くならないように帰ってきてよ」

と母。

(OK)のサインを出し、両親に手を振って住宅街のほうへ歩き出した。


昼下がりの『カフェlino』は、最初に来た時とは雰囲気が違って見えた。

お店に入ると、何組かの先客がいた。叶に気づいたリノが、笑顔で手を振ってくれた。

叶はカウンターに座り、久しぶりに会ったリノに笑顔を見せた。

(いらっしゃい。今日は何にする?)

(さっき、お父さんとお母さんと3人で植物公園に行ってきました。ランチを食べてからそんなに経っていないし、お腹空いていないから)

と伝え、メニューのドリンクのところを指さしてコーヒーを注文した。


 待つ間、そういえば先日の遠足で麻里香の発言に清花が面白いツッコミをしたことを思い出し、一人クスクスと笑ってしまった。それを見たリノが

(なに?何かあった?)

と聞いてきたので、叶はその時のことをリノに伝えた。

リノは、叶の前にコーヒーを置きながら

(確かにね、コーヒーって大人の飲み物って感じするよね♪私も、ちゃんとしたコーヒー飲めるようになったのって高校生になってからだったな。それまでは、甘いコーヒー牛乳しか知らなかったし。でも、その子のツッコミもいいね。「ランチ会後の主婦か」は最高!)

と、一緒になって笑ってくれた。

ブラックでは飲めない叶は、コーヒーにミルクと砂糖を入れて一口飲み、(そうだ!)とトートバッグから栞を出し、

(この前の遠足のお土産です。私とお揃い)

と、リノに渡した。

リノの顔がパァ~っと明るくなり、(ありがとう)の手話をした。

リノは少しなら手話を使えるので、続いて(かわいい)も表現した。


叶は、一つ気になっていることを思いきってリノに聞いてみることにした。

(この前嫌なことがあったって言ったじゃないですか。幸運のストラップが効かなかったのかな?って思ったんですけど)

リノは少し苦笑いして

(そうだね。猫は気まぐれっていうから、しっかり守ってくれる時と、そうじゃない時があるのかもしれない(笑))

(ストラップでも?)

(うん・・・私もよく分からないけどね。ほら、パワーストーンだって自分に合うものもあれば、合わないものもある。買った後もこまめに浄化してあげたり、大切にしてあげないとパワーが落ちるって言うじゃない?たぶん、それと一緒なんだと思う。ストラップって物だから、ただの物質って言っちゃうとおかしいけど。それ自体に何か特別な力があるっていうわけじゃなく・・・なんて言うのかな。持つ人が、それが自分を守ってくれるっていうのを信じるかどうかじゃないかなって私は思うんだけど)

(じゃあ、まだ私の信じる気持ちが足らないってことですか?)

(うん、まだ買ってくれて間もないからね。ストラップも、叶ちゃんに慣れていないのかも)

そっか。それで効果がないような気がしていたのか。もう少ししたら、何か良いことがあるといいな。


コーヒーを飲み終えた叶は、会計をするために財布を出した。そこには、さっき母に買ってもらったばかりのキーホルダーが付いていた。

それを見たリノは事情を交換日記で知っていたので、指をさしながら首をかしげる。

(さっき植物公園で、お母さんに同じものを買ってもらいました。この前のは白だったけど、同じ色の付けると、なんか縁起悪い気がして)

(そっか、よかったね。ピンクかわいい。優しい叶ちゃんに似合ってるよ)

そう言って褒めてくれたリノに見送られ、叶は店を出た。


だいぶ日も傾き、庭の芝生がかすかにオレンジ色がかっていた。

門を出ようとすると、端のほうを白いものが走って行くのが見えた。あの白猫だ。

尻尾しか見えなかったが、また近所をうろついているらしい。今度ちゃんと、顔を見てみたいなと叶は思った。


その夜、叶は以前から気になっていたけど、リノに聞き忘れたことがあった事を思い出し、交換日記にこう書いた。

(リノさん、こんばんは。今日はありがとうございました。

ところで、前から気になっていたことを聞いてみてもいいですか?

お店の名前の“lino”って、どういう意味なんですか?)

すると少しして、リノからの返事が来た。

(お店の名前の“lino”ってね、ハワイの言葉で、「光る」「輝く」「結ぶ」「編む」っていう意味があるんだって。お店を始める時にね、何か良い名前がないかな~って考えていて、見つけたの。

これにはね、カフェに来た人が、それぞれの輝く未来に向かって歩いて行けますように。ここでいろんな人との出逢いが結ばれて、いつかそれが編めるくらいの人の繋がりや輪が広がりますようにっていう思いを込めて付けたの。どう?素敵でしょ。それにね、一説によると歌の歌詞の中では『奇跡』っていう解釈もされるんだって!あともう一つ、“リノベーション”の「リノ」も含めようかなと思って。

リノベーションの意味のなかに「価値を高める」って書いてあってね。本当は建物に使われるけど、人に対しても「自身の価値を高める」って意味で使えるんじゃないかなって。

ここを利用する人たちが、いつでも心穏やかに、自由に過ごせるように。そして、人と触れあうなかで自身の価値を高めていってもらいたい。そんなお店になったらいいなって)


リノさんのお店に対する思いは、とても強くて素敵だった。素直にかっこよかった。

そして、そんなリノさんとお店に出逢えて、叶はすごく幸せだった。