先日、娘と話していて
「なんか、普通に学校とかにもっていっても違和感ないオルゴナイトがあるといいよね~」
と言われた。
いやいや、普通に学校に勉強と関係ないものを持っていくのは禁止ですから―――
で、結局作る![]()
調子に乗って沢山つくった
minne
で販売中です![]()
母が来たときの体のダメージは回復傾向。
昔から肌が弱いので日曜日の夜から顔にブツブツと湿疹ができて、今はかさぶたみたいに乾いた部分がつっぱって、乾燥するとヒリヒリ
この間、母がうちに来たときに言われたことがある。
「あんたは、お母さんがそんなこと思ってもおらんのに、被害者意識が強いけんすぐ怒る」
いやいや、被害者や![]()
母は6人兄弟の下から3番目。
一番上から長女⇒次女⇒長男⇒三女(母)⇒四・五女(双子)。
母からはじめて詳しく聞いたが、
長女はもちろん初めての子どもだから可愛がられた。
長男ももちろん家の跡取りとして大事にされた。
そして、母の下に2歳くらいの差で手のかかる双子が生まれた。
母もいつも我慢をさせられていた、辛い思いをしていた。
一部の兄弟ばかりが大事にされ、自分はどうでもいい存在だった。
確かに、次女のオバチャン、今、全然付き合いないけど、根性悪いオバチャンだったわ![]()
あれも、長女と長男に挟まれて性格が歪んだからかしら・・・・
それはともかく、母の話を改めて振り返ってみると、先祖代々やってきたことだから、私も被害者、アナタも被害者ってニュアンス多かった・・・
もちろん、自分自身のしたことは謝っていたし、自分でも
「昔からやってきたことだからと言って、許されることではない」
と言っていた。
だけど、私の被害者意識が強すぎて、母の何気ない一言にすごく私が反応することを主張していた。
毒親と相対するときに、感情が走るとものすごく振り回されるので、
できるだけ感情的にならないように・・・と私も思ってはいる。
でも、敵は私のリミッターが振り切れるまで揺さぶってくるんだもん![]()
自分の夫(内縁だけど)が命の危険があって大変なときに、嘘交えてボロクソ言われて笑ってられるか![]()
「あのさぁ、私にはもともと昔からやられてきたベースがあるわけよ。
生まれてこなきゃよかったとか、アンタなんかにお金出せるかとか散々言われるわ、たたかれるわ・・・
そこのベースがある状態で普通の円満な親子と違うんやけんしょうがないやん。
そこは当然やろ?」
と返しておいた。
確かに過去をさかのぼっていけば、母も被害者だろう。
でも、母は被害者であり加害者だ。
危害を加えられた私が被害者意識持つのは当たり前。
しかも毒親の加害者って、法的にも裁かれないし、何も償ってくれない。
謝る以外なんもしてないくせに被害者に被害者意識が強いっていう神経・・・・
毒・・・・ぜってー抜けてない![]()

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前回まで
前回、主治医からきっぱりと言ってもらうことができ
母が涙ながらに謝ったこともあり、私はこれからようやくマトモな親子になれるのだ!という大きな勘違いをしていた![]()
どうにかならんのか、このアホかと思うくらいの希望的観測・・・
でも、やっぱり私が生きづらいことには変わらず、定期的にカウンセリングを受けたりしていた。
幼いころに戻って、当時の自分を癒していくというカウンセリング。
そこでは、傷ついた自分を癒し、自分の人生を取り戻すことにフォーカスしていて、
母との問題はもちろん関わってはくるのだけど、母とのことで傷ついた自分を癒すことだけをやった。
自分を癒して色々片づけているうちに、毒された自分がやった結婚も片づけて離婚。
それを機に県外に引っ越したので、カウンセリングはそこで打ち切りになった。
それ以降も母が毒を盛ってくることに変わりはなかったけど、
物理的な距離が離れたことと、何よりひとりで娘を養って生きていくことにいっぱいいっぱいだったので、少々母とトラブっても構う余裕ナシ。
余裕がないので、母が毒を盛る⇒私がキレる⇒音信不通⇒復活の無限ループをかれこれ7-8年くらいダラダラと繰り返した。
転機が来たのは1年前、娘が事情があり学校に行けなくなってしまった。
(詳細は過去の日記にあります)
直接の原因は他にあったけど、子どもが不登校になったときの周りの母親を見る目つきったら・・・
もちろんそれは一部の人たちで、それ以外の人たちはとっても温かく見守ってくださったけども、
なにぶん毒親育ちという負い目を持つ私が、うしろめたさを感じるには十分だった。
娘の主治医が
「虐待は連鎖して、発達障害は遺伝するんです。
だから、あなたがこうして昔からトラブルに見舞われるのはそういう風にできてるんです」
的なことを言われた。
今思えばいらん世話~
そのときに私もカウンセリングを受けた。
以前うけたものと違い、どうしてこういうことが起きるのか、こういう感情になるのかのメカニズムをひも解いていく作業だった。
私は母を求めて求めてやまず、私の中で作り上げた理想のお母さん像を母に押し付け、
母が私の希望通りに振る舞うようにお試ししていたこと。
母の理想の子どもになれるように、認めてもらうために全てをささげていることに気づき、それを手放すカウンセリング。
この後、約1年ぶりに母と連絡を取り、私も母に自分の理想のお母さん像を押し付けるのはやめる、そして母の理想の子どもでいるのをやめると宣言した。
そしてそこから約10か月後に、ケンチャン入院を発端とするトラブルに見舞われるわけであるが・・・![]()
改めて振り返ってみると長年なにやってんの
ってなる・・・
どこかで、虐待されていた時間と同じだけ自分の人生を取り戻すためには時間がかかると読んだことがある。
だとしたらそろそろかなぁ![]()