落ちこぼれ時代・・・ ②
妹が、産まれ 私のお姫様生活は変わった・・・・
親は、妹を とても可愛がり 私は、毎晩 「駄目な姉」と父親から罵られた・・・
父は、お酒を飲むと人格が変わる・・・ 一種の酒乱ってやつだ・・・
この頃の家の中は、毎晩 父と母の喧嘩が続き 子供の私は、被害が来ないようにするにはどうしたらいいのか・・・
ずっと考える そんな子供だった・・・
親の愛を感じ取れず 心が、破裂しそうな程に寂しい 孤独を覚えた・・・
クリスマスのプレゼントをサンタさんに、書く時に 「親の愛が欲しい」と書いた。
しかし それを靴下の中に入れられなかった・・・
妹も可愛いと思えず 顔に、漫画の本を落としたり 意地悪な事を沢山してしまった。
親の愛が欲しいから 家の玄関で、花火をしたり 問題児は、更にエスカレートしていった。
しかし、そんな私にも理解者は居た。 親戚の叔母が 私に優しく接してくれていて その叔母の息子さんのお兄さんも
私を認めてくれ 温かさをくれた。
喧嘩が、あまりにも続き もううんざりしていた ある日 母が、父から 激しい暴力と罵倒を受けた。
私は、母に言った言葉がある・・・
「もう 離婚してもいいよ・・・」 すると 母は、私に 「何かの縁があって一緒になったのだから・・・」と呟いた・・・
そんな母を見て この人の強さが欲しいと子供ながらに、感じた。
それは、寒い冬の出来事だった・・・
盲腸で、入院したり、数多くの出来事があった・・・
小学6年になり (かなり飛ぶが・・・)
相変わらずの問題児は、思春期を迎えた。 この頃 スケバン・不良と言う言葉がかっこよく思えた時期で
小学校に、スーツを着て行ったり かなり 激しい小学生だった・・・
休みの日には、渋谷や原宿など 遊びに出たりと 一般的にはありえん 小学生・・・
そんな子供を 中学校で先輩が待ち構えない訳がない。
友達と2人 公園に呼び出しをくらい・・・ 中学に来たら 番長の位を約束された・・・
でも、それはなりたかったのではなく 半強制的にそうなったのだ・・・
中学に、入学した。
悪夢の始まり・・・ 先輩から毎回呼び出され 集会に行こうとか もうウンザリするほどの誘いがあった。
授業をエスケープ!自転車通学!髪を赤くする! 問題児伝説の始まりになった。
教師から何度も呼び出され 殴られた・・・
彼氏も簡単に出来た。 もちろん 類は友を呼ぶのだ・・・
その彼氏は、寂しい奴だった・・・ お互いに、痛みはわかった・・・ でも 簡単に付き合うと別れは、早くにやってきた。
3年の先輩から呼び出しされ 「もう1度やり直せ」と言われたり、大変な時期だった。
部活で、新体操部に入ったのだが 問題児なので 部活活動停止になるのを恐れた
先輩達から囲まれ 退部届けを出すように迫られた。 無理してやるのも嫌だったし 足の膝が、おかしい事を理由に
退部をした。
その件も片付いたと思ったら・・・ 仲良くしてた子に、裏切られた。
私の怒りは、頂点に達し その子が、トイレに入った隙に バケツで、水をその子の頭に・・・
今 考えれば、とても酷い事をしてしまったと思う。
しかし その付けは すぐやってきた・・・
先輩に、呼び出しをあまりにも無視をし、もうメンバーから抜けたいと言ったが為に・・・
標的は,私になった・・・ 私は、神社に呼ばれ 先輩達からボコボコにされた。
帰りの道 蹴られた足の痛み・殴られた顔の腫れ あの日の家路は長く感じ 涙で、いっぱいだった・・・
中学2年になり もう問題児は、単なる問題児になった。
今までは、不良の先輩のバックがあったから みんな私にくっついてた事を感じた。
私は、問題児でも 他の人が不快に思う奴だったのかも知れない。
1学期は、みんな仲良くやっていたのだ・・・ 2学期になり 私をウザク思う奴が出てきた・・・
そして 今で言ういじめを味わった。
集団無視・上履きに画鋲・教科書に落書き・学校の鞄がボンドでくっけられたり・・・ 数多くのいじめにあった。
本当に、絶望していた・・・ 人間の醜い部分が嫌で仕方なく 毎日がとても長く 辛い時間だった・・・
担任は、私がいじめにあっているのには、気がついていて 「無理して学校に来なくてもいいよ」と言ってくれた。
担任が、良き理解者だったから 私自身助かったのかも知れない。
そのいじめは、3年になるまで続いた。
2年の終業式の日に、担任が私を呼び出し 「私は、あんたの後を追いかけるよ!」と言われ・・・
何の事だろうわからなかったが、始業式の日に その謎は解けた。
3年になり 副担任として先生が居たのだ・・・ それを見た瞬間 人の温かさを思い知った。
学校が、面白くなく 登校拒否したり、保健室生活をしたりと 1学期は、そんな毎日だった。
修学旅行で、京都に行った。それも別に楽しくもなく・・・ ただ 他の人と一緒に歩くって感じだった。
鹿せんべいを食ってしまった事は、汚点だが・・・
それに、男子の部屋に襲いに行く事もしたかな・・・ ませてるガキ そのもの・・・
2学期になり 保健室の生活も程ほどに慣れ始めた・・・ ある日の事
お腹が痛いと言ってる 1年生がやってきた。 保健室は問題児の憩いの場になっていて
その子が苦しそうにしてるのに、先生は、一言
「大丈夫よ! 教室に戻りなさい」 私の中で、疑問が生まれた・・・
問題児は、遊んで夜更かしして眠いだけなのに・・・ 何故 あの子は帰されるのだろう・・・
以前に、私も同じ思いをした事を思い出した。
エコヒイキだと思った。 そこで、私の頭の中で「プチッ」何かが、切れた。
その先生の髪を掴み 職員室に引きずり 大暴言を吐いた・・・
他の先生も驚いてしまい 一瞬 時が止まった。
担任・副担任・生徒指導 その先生を前に、相談室で討論会が始まった。
土下座して謝れと 正義感が、そうさせたのかも知れない・・・
その後 副担任に呼ばれた。「教室に戻って欲しい・・・ 頼みがある」と言われた。
その話を聞くと クラスで、少し変わってる子が居て いじめの標的になってるとの事だった。
その子を助けてやって欲しいと言われ クラスに戻る決心をした。
案の定 いじめは同じ様な事をされていて 見ていて痛々しい程だった。
その子と仲良くする事にした。 しかし 問題児がクラスに戻る事は、問題児仲間も集まるって事だ・・・
「何で、あんな奴と・・・」 みんな同じ事を言った。 「あんな奴かぁ・・・」 悲しい言葉だと思った。
私は、極力その子と一緒に居てあげることにした。
3学期には、だいぶ その子が標的になる事は避けられていた。
問題児は、警察のご厄介になる・・・ 万引きして捕まった・・・
父が、警察に来て一言・・・ 「見つからないようにやれ」と言われた・・・
そんなこんなで、順調に問題児は問題児として卒業するのである・・・
頭が、悪いから・・・ 私立高校のランクがむちゃ低い所に入学。
続く・・・・・
落ちこぼれ時代・・・ ①
今までの自分の歩いた道を書こうと思います。
不快に思う方もいらしゃるでしょう・・・ そんな方は、ご覧にならないで下さい。
私が、思う事 考える事の見直しなので・・・ こんな奴もいるんだなぁ~程度で見て頂ければ嬉しいです。
自伝と言っては、偉そうだから・・・ 落ちこぼれ人生の中間地点日記って感じで
19○○年 横浜の地で、この世の生を受けた・・・
私は、子供の頃から ませていて 俗に言う 「生意気な子供」だった・・・
振り返る記憶の中で、3歳の頃は 近所の酒屋さんのビールケースを逆さにして
お立ち台を作り 歌手の真似をしたりもしていた。
近所に、沢山の子供と共に 元気な子供だったように思う・・・
幼稚園時代は、幼稚園でもかなり目立つ子供で 常に、みんなと違う事をしていた・・・
途中で、家に帰ってしまったり・・・ かなりの問題児
副園長先生が、フォークダンスを私と踊ると言い出し・・・ (ノ≧ロ)ノ<嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌と思った記憶がある。
みんな お友達同士なのに・・・ 私は、副園長先生なのは、何故だろう・・・
問題児対策だったのかも知れない!!!(今更・・・)
年少の時にお遊戯会で、「おむすびころりん」と言う劇を演じた。
子供なので、おじいさん役・おばあさん役 2名ずつ 選出された。
私は、先生の推薦を受け おばあさん役をやる事になった・・・ 唄がメインのおばあさん役
先生は、私の得意な部分を見てくれていたんだなぁと思う。
家庭は、1人っ子だった為 お洋服やおもちゃは沢山買ってもらえていた。
年長に、なって 先生が変わり みんなと同じ様になる様なカラーを押し付けられ とても嫌だった事を覚えている。
先生を苦手だと感じ 先生も嫌だっただろうと思う。
可愛げの全くない園児だったのだから・・・ 幼稚園生活も終盤に入り 親が、1つ隣の駅に引越す事を告げられた。
母は、毎日自転車で、私を幼稚園まで連れて行ってくれた・・・ 今思えば親も若かった。
家が、完成するまでの間 駅近くのマンションに越した。
そこは、駅の真横で移動には最高の場所!! 母が、新しくジューサーを買ってきて
毎日 すごいマズイ野菜ジューズが出てくるのだ・・・ それが苦痛で仕方なかった。
母が、いつも家事で台所を離れた隙に トイレにダッシュ!! そのジュースを捨てるのだ・・・
しかし 親も馬鹿ではないので ばれてしまい 1時間正座の刑だった。
小学生になり 家も完成した!
家の近所には、男の子が多く やんちゃな子供に磨きがかかった。
そんなある日の事 母が、妊娠してる事を聞かされた・・・
私は、とても嬉しくて仕方がなかった。 兄弟と言うものに憧れていたからだ
母は、専業主婦だったが 家に帰るといつも居ないのだ・・・ お友達と一緒に出かけてしまっていて・・・
毎日 1人ぼっちの様な気がしていた。 寂しくて仕方がなく だから 余計に妊娠は私にも喜びだった。
学校からの出来事を話したくても 誰も居ない生活 我儘なだけかも知れないが・・・
私には、とても苦痛だった。
その頃 同じクラスの男の子から嫌がらせを受けていたからだった・・・ 話そうと思うのだが・・・
子供だから 忘れてしまうのだ・・・ そして 親が悲しむって言うのも感じ取っていたから・・・・
そんなこんなで、妹が産まれた。
ここから 私の喜びが、悲しみに変わる・・・ 心が荒んで行くのだ・・・
続く・・・・
