変化成長拡大変容し続けているのが
宇宙だ。
永遠に私たちの
魂を磨くのは
"題目" でなくては本当に
ならないのか。。。
日本には古来から
「言霊」「音霊」という考えがある。
("我らのこれだけ" 以外は皆「邪」とする
教えのために、
このような捉え方を
学ぶことさえ遠ざけ
もちろん神社、神さまなどと
いう存在さえ否定してきたのだが…)
私たちの使う「言葉」には
もともとすごい力がある。
言葉の持つ力の不可思議さも
最近の科学では
様々立証が進んでいることは
周知のこと。
「題目」にはそこに込められた
確かに強い力がある。
もともと
「仏」
である私たちは
力強い言葉を唱えることによって
幸福をつかんでいける。
「ありがとう」
という言葉の持つ
陽の周波数は
同じ極同士が引き合うそれのように
ポジティブな現象を
引き寄せる力はあるだろう。
その全てを否定するものではない。
では唱えなければ
不幸になるのかといえば…
科学は進み
意識や祈り、そして言葉には
周囲に影響をもたらす
「力」がある
と
わかってきた今、
"新たなフェーズを迎えている"
という
可能性をみてみてはどうだろう。
または、これまでの信仰組織の
形のまま
未来永劫に
継続発展してゆけると
信じているものは果たして
どれだけいるだろう。
繰り返すが
もともと
「仏」 の私たちは
なにも足さなくとも
なにをせずとも
既に「生きている」この
生命自体が完璧なのだ。
あらゆる経験故の
"不足感" から
生まれた様々な信仰、宗教。
本来持っている力、
本来の生命の本質に
気付き、
我の意識で全て自由に
思いどおりに生きていけること、
「祈りを叶える力」 は
もともと備わっている
大いなる存在なのだ
そんな姿に
気付き戻っていく
フェーズに
変化してきている………。
世界パンデミックの後
さらに
世界の各界の
"何か" が崩れていく様を
観ている今
魂の底から
沸いてくる「疑問」
クエスチョンは
もう消すことが
できなくなってくるのではないか。
「こんなにつらい思いをして、
毎日同じ時間に非効率な仕事をしなければ本当にいけないのか……」
「こんなにつらい思いをしながらも、果たして自分は幸せになっていると言えるのか……」
「幸せってなんなのか。生きているってなんなのか。」
「つらい修行をしないと、幸せは掴めないのか!?
もう、イヤなことを、イヤだと言ってもいいのではないか………………」
たとえ追い付かない思考も
新しい科学の進歩で
気づいていけるだろう。
見えない世界で
起こっている
"変化"の波は
もう止まることはない。
(続く)
(※ご興味のある方は、よろしければ私が宗教から退いた直後に書いたブログが、当ブログはじめに何回かに渡ってリアルな体験談を交えて綴っているのでご覧になってください)
