願いは叶うよ〜!
叶ったら嬉しいですよね。
今日は私の実母の話し。
母はまさに昭和ど真ん中の母って感じの人でした。
ものすご〜く愛情深かったし、躾に厳しい人。
世間体や人様の事をものすご〜く気にした人。
我慢強い部分とヒステリックな部分もあったり。
美容が好き、オシャレが好き、質の良いものを好みました。
社交的で好奇心旺盛、努力家でもありました。
そんな母は、子供の頃から苦労した話しをよくしてました。
父と結婚してからも、大酒飲みの父の苦労、舅姑の苦労、お金の苦労、病気、父の介護などなどたくさんの苦労も語ってくれました。
そんな母は父が他界して急におかしくなりました。
幻想が見える、急に怒り出す、地域の役員会をすっぽかす、漢字が書けなくなる、歯医者の予約日を間違えて受付のせいにする、帰り道がわからなくなる、日付、曜日がわからない。
毎日私の帰りを待って玄関に立ち、サッシが閉じれないだの、炊飯器が壊れただの、魚焼きグリルが壊れただの、シーツがかけられないだの色々な事ができなくなって、全部私に言うんです。
着ている洋服も上下がチグハグだったり季節外れの服だったり、そのうち服が着れなくなりました。
お風呂もどうやって入っていいかわからない。
1つ1つできない事が増える毎に私泣きました。
あんなに綺麗好きで品行方正で厳しい母の情けない姿を受け入れられなかったんです。
何でこんな事もできやんの?わからんの?
ってイライラもしました。
まだ母は62.3歳頃でした。
診断結果は若年性アルツハイマー。
若いだけに進行も早いとのことでした。
時々正気に戻ったり、またおかしな行動とったりと、その時期が1番本人は辛そうでした。
父親の介護をしてる頃の口癖は
「私は子供の時から散々苦労してきたから、今はな〜んにもしたくない」
いつも口にしてました。
父が他界して、やる事がなくなった時私は
これからは自分のために楽しみを増やしていって、好きなことしたらいいよって思いました。
そのうちに、洗濯も食事もぜ〜んぶ私に頼んできて、家事の負担は減ったと思います。
暫くしてから前述した母の変化が起こり出しました。
進行してきて、風呂の空焚きを2回した頃、1人でおいておけなくなってデイサービスにお世話になり、その頃正気な時に母に話して施設にお世話になりました。
考えてみたら、認知症になりやすい人の特徴に、ほぼ当てはまらない母でした。どうしてあの病気になったのか不思議でたまりません。
でも現実で病気はどんどん進行しました。
赤ちゃんに還っていくとか、本性だけ残ると言われてますが、まさにその通りの母でした。
好き嫌いがハッキリしている。嫌な人には暴言を吐いたり、食事の時に口を閉じたり…
病気なんだ!って腑に落ちるまでその姿を見るのが悲しくて悲しくて辛かったなぁ。
排泄もわからなくなって、言葉も失い、食べる事も忘れて、最後は身の回りのお世話ぜ〜んぶしてもらい、大きなエプロンをつけてもらってドロドロ食を食べさせてもらってました。
その時にふっと思ったんです。
母はな〜んにもしなくていいやん。
ある意味願っていた事が叶ってるやん!
娘や孫の顔もわからなくなった母はどう思っていたのか何か感じてたのかはわかりません。
でも現実は、母が願っていた通りになっていたのでした。
今、親御さんが認知症かもという段階の方、辛くなったり悲しくなったり、どんな風になるのか不安になったり
そんな事があるかもしれません。
辛くなったら話してみて下さい。気持ちはわかると思います。
皆さんの心が緩んで笑顔の時間が増えますように。
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思春期の時の両親の病気、結婚、出産、3人の子育て、離婚、自身の病気、両親の介護、見送り、孫守り
女性が一生のうちに起こりうるだろう事をたくさん経験してきました。
産前産後ママのケアや身体の施術を通して、多くの"頑張り過ぎてる人" "頑張り過ぎという事にすら気づいてない人" と関わってきました。
身体と内側の状態が整えば、本当の意味で楽になれるという体験もしました。
生きづらかった私が、困難だと思っていた事も全部宝物だと思えるようになった今
愛情タンク満タンの私からの行動と、言葉に
魂と光のエネルギーを乗せる生き方をします!
関わる全ての人が私のように、緩んで楽になってくれたらいいなという想いで
女性の一生をサポートしています♡
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