先月、父の故郷である富山に行ってきました
まずはお墓詣りして、その後おじさんが30年出展し続けてる美術展で芸術鑑賞したり、伝統工芸の彫刻づくりの現場を見学したり、山や緑を眺めながらお寺を訪問したり、おじさんのお家でいとこたちと再会して夕食をご馳走になったり
ホテルでは露天風呂や朝食バイキング、昼夜は、鰤などのお刺身、白エビの唐揚げ、蒲鉾、ブラックラーメン、柚子のお菓子やソフトクリーム、マッサージ...などなど満喫し、富山の文化を感じることができて、ゆっくりのんびり極楽の旅でした
昔は似てなかったのに、おじさんと父がそっくりな顔になっていて面白かったです
印象的だったのは、天気予報では大雨だったのに、お墓詣りの時間だけ晴れたことです『おじいちゃんたちが歓迎してくれてるんだな』って感じました
『私の叶えたい夢をサポートして欲しい、助けて欲しい』ってお願いしたら『わかった、わかった、じゃぁ、3日くれ』って言ってくれました笑
それで何故か『あの世で3日ってことは、この世の3年ってことね?』って、私は思いました
意味不明といえばそうだけど、私の中では筋が通っていて、妙に納得しました
夢を叶えるのは私なんだけど、そうやって力になってくれようとしてくれる、まるちゃんからみたら友蔵のようなおじいちゃんがいるっていうのが嬉しかったのと、
お天気を変えられるくらいあの世の人たちはやれることのスケールが違うから、すごいサポートが得られそうで心強いと感じました
そのおじいちゃんとの初めての交流は今から約3年前、亡くなった人と話せるテクニックを学んでいるときでした。
父が若いときに亡くなって、そのせいか父から話を聞いたこともなく、写真も若いときのが1枚あるだけで、見た目もどんな人だったのかも知りませんでした。
だけど誰と話そうか考えてたら急に思い出して、ペアワークの相手の方にコンタクトしてもらいました。
私以外に孫は他にもいっぱいるし『私のことわかるかな?』って思ったけど、ちゃんと知っててくれました
それどころか私のことをすごく可愛いと思ってくれていて、見守ってくれていて、応援してくれてるし、話せたことも喜んでいました
そのときにそれがわかって、驚いたのと同時に、すごく嬉しかったです
だから今回ちょっと甘えてみました
あの世の人たちからみたら、この世で暮らす私たちは、大人から見た赤ちゃんみたいなもので、
こっちは真剣で深刻なんだけど、おじいちゃんから見たら、なんと些細なことで泣いたり笑ったり『一生懸命生きて可愛いな』って成長を見守ってくれてるのかな?とか、
『そんなに悩んだりちぢこまることないよ、結局は大丈夫なんだから』
『もっと自由に大胆に欲張っていいんだよ、サポートするよ』って応援してくれてるんじゃないかなって気になりました
『人が死ぬ前に最も後悔することは、挑戦しなかったこと』という記事があって、理想の自分を生きるために行動しなかったことを後悔する人が多いらしいのですが、私はそうなりたくなくて(リンク記事参照)
https://www.lifehacker.jp/amp/2018/07/170293how-to-avoid-a-life-of-regret.html
いろいろ失敗もしたけど、理想の自分を実現するために自分のハートに素直に忠実に、いろんなことにチャレンジして、めいっぱい人生を楽しんだな、一生懸命生きたなって死ぬとき感じていたいというのがあります。
だから、いろんなことにとらわれることなくもっと自由な発想で、自分の人生を好きなようにデザインしていけばいいんだよなって、
おじいちゃんにコンタクトしてから、勇気をもらったような気持ちに改めてなりました
自分の人生をデザインするとか、創り出すとか、心細く感じたりプレッシャーに感じたりするときもあるけど、もっと軽やかに楽しみながらやっていけるように引き続きおじいちゃんのことも頼ってみようって思いました
おじいちゃん、ありがとう