「煩わしさ」

最近人は、一種の「煩わしさ」をわざわざ買うようになった。と今日散歩中、青空を見ながら思った。


空が綺麗だ!と思えば、すぐスマホをかざして撮れば

瞬時にその景色という「思い出」が記憶される。


幸い、まだ携帯が無い時代をある程度の年まで過ごしてきたから、この一種の「煩わしさ」を身をもって体験できた。

その時はそれが当たり前だったから皆、
面倒くさい・煩わしいを繰り返しながら日々を重ねてきた。

私が尊敬している大好きな"その人"はある方の事を紹介しているブログで、


「本当はみんなわかっている。
 便利になって、人を待てなくなった。
 待つ必要がなくなった。」…つづく。

「でも、人の心拍数は変わらない。」

もうスマホが無い生活になんてきっと戻れない

支払いも今やキャッシュレス時代。

現金派の人が肩身狭く感じつつある世界。


何が言いたいかと言うと、
先程のスマホ写真のくだりに戻るが、

この時代、いくらでも綺麗に撮れるカメラなんて沢山出てるのに、ひと昔前の「デジカメ」や「フィルムカメラ」「ポラロイドカメラ」が若い世代も含めて人気沸騰中だというニュースを観た。


より美しく簡単に写すのを求めるのでは無く、
不鮮明で手間が掛かって、写真が手元に届くのにも時間が掛かる。そういうモノを"今"わざわざ求める。
私も求めている。

この不鮮明で、でも"味"と言われる懐かしさ憶える1枚…

シャッターを押してから、枚数が終わるまで、
現像に出して、手元に来るまで。の1種の
「煩わしさ」。
やっぱり大好きな"その人"が言うように、

「人の心拍数は変わらない。」という事がしっくりくるようになってきた



大好きな"その人"が何かをするから。と、
大好きな"その人"がここに赴いたから。と、
それぞれ生きている時は同じだけど、
居る場所も仕事も年齢も好きになった時期も
全然違うのに…
スケジュール決めて、交通機関あれこれや

その人の訪れた場所に幸せを感じながら足を動かし、

何とも言い難い幸福感でそれぞれがいっぱいになる。


その道中も疲れも筋肉痛も全てが楽しくて、
「あぁ〜、私は生きてるやー!よっしゃー!」

と簡単には手に入らないモノの経緯を幸せに思う。


便利もありがたいけれど、
自分の足で歩かなきゃ出会えない、
実際にこの目で見ないと分からない、
実際に耳で聴いてみなくちゃ分からない、

心がワクワクで揺さぶられる「何か」を私は少々煩わしく思ってもこれからも手放さず、大切に過ごして生きたいと思う。