【妄想小説】ルビー(20) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

(sideさくら)

 


最後のデート。

 

今日は最後のデートだから

今日はずっと、笑顔でいたい。

 

”終わりにしよう”

 

わたしから言ったことだから

今日は絶対、泣きたくない。

 

最後までずっと、笑顔でいよう。

 

改めて心に誓って、

鏡の前で笑ってみる。

 

”丸1日オレと一緒に過ごしてほしい”

 

今日の日を決めた時に、

翔くんから事前に

お願いされたことはふたつ。

 

ひとつは、

大野さんのジークンドー教室で

一緒にトレーニングすること。

 

そしてもうひとつは…

 

今日1日、

結婚指輪をはずして過ごすこと。

 

「………」

 

もうずいぶん年季が入って

くすんでる銀色を、薬指から外す。

 

パタン

 

アクセサリーケースに

指輪をしまって、

 

鏡の前でもう一度、

にこっと笑ってみる。

 

どんなに笑顔を作ってみても、

心の中はすごく痛くて、

 

でも今日1日、

翔くんと過ごせるんだと思うと

すごくすごく嬉しくて…

 

嬉しいと哀しいが

さっきからもう何度も何度も

交互に押し寄せてる。

 

今日は最後の…

 

翔くんとの最後のデート。

 

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

(side翔)

 


「翔くーん!」

 

通りの向こうから

大きく手を振るさくらさんの姿。

 

きれいな笑顔に、

一瞬で記憶が戻される。

 

暑かったあの夏の日。

 

もっともらしい理由をつけて、

プラネタリウムに連れ出した、

デートような時間を過ごした…

夏のはじまり頃のこと。

 

季節が流れても。

 

あの頃となにも変わらず、

いや、あの頃以上にさくらさんが、

彼女のことが…

すげー好きだとあらためて思う。

 

「いいお天気だね、雲ひとつない」

 

「ほんといい空…いい”アオゾラ”」

 

「ふふふ。うん。いい青空。笑」

 

午前中の眩しい光の中で

微笑む彼女の、左手の薬指。

 

指輪、オレが頼んだ通りに…

はずしてきてくれたんだな。

 

ありがとう。

 

今は心の中だけでそっと伝える。

 

「さくらさんその服ってさ、」

 

彼女が着てる、

シックな赤のワンピース。

相変わらずきっちりと

上まで留められてるボタン。

 

「この服…覚えてた?」

 

「覚えてるに決まってる」

 

「”さくらさん赤が似合うから”」

 

いつかと同じ言葉を言ったオレに

恥ずかしそうに微笑む彼女が。

 

愛おしくて愛おしくて、

今すぐ抱きしめたくて。

 

ありがとうさくらさん。

 

今日という日に

いちばん最初に会った日と

同じ服を選んだくれたこと、

 

待ち合わせから

大きな笑顔を見せてくれたこと、

マジですっげー嬉しい。

 

 

「よしっ。じゃー行きますか」

 

「うん」

 

「大野さんちゃんと

教室開けてくれてるかな」

 

「こんな早い時間から

レッスンすることないから、

眠そうな顔してるかもね。笑」

 

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

 

シュシュシュシュシュ!

シュシュシュシュシュ!

 

「うおーー!すげーーー!」

 

大野さんが見せてくれる

ジークンドーの型の動きは、

何度見ても必ず、感激の声が出る。

 

マジでさっきまで

ふんわり眠そうだったのに

なんでこの人はいつも

こんなにカッコいいんだろう。

 

「ちょっと翔ちゃん…やりにくい」

 

「すんません。笑」

 

「ストレッチ終わった?

じゃあさくら、やるか」

 

「うん」

 

彼女がすっと立ち上がる。

 

シンプルなウエアで

ぐっと髪をまとめてるさくらさん。

 

1度見てみたかった、

トレーニングしてる姿。

 

「じゃまずは準備運動で

ここに、パンチ200ね」

 

「え、200?

パンチ200回するってこと?」

 

「そーだよ」

 

「準備運動で200…」

 

「はい…、…いきます」

 

サンドバッグに向かって

ファイティングポーズをとる

さくらさんの背中。

 

パシンパシンパシン!

パシンパシンパシン!

 

華奢な背中から

繰り出される拳は潔く。

 

パシンパシンパシン!

パシンパシンパシン!

 

まっすぐ伸ばされる腕は

迷いがなくて、キレイで。

 

「あと150!」

 

パシンパシンパシン!

パシンパシンパシン!

 

「………」

 

きらきら光る汗は、

一点を見てる真剣な表情は、

とにかくすっげーキレイで、

 

「あと50!」

 

「はあっ、はっ、はっ、」

 

「………」

 

結局また…

すげー好きだと思うばかりで。

 

「8、9、10!

はいおっけーおつかれ」

 

「はあっはあっはあっ…

き、きつかったーー…笑」

 

「おつかれさま。

マジでカッコ良かった」

 

「…ありがとう。笑」

 

「さくらまだいける。

まだまだ強くなるよ」

 

「ほんと?」

 

「大丈夫。

さくらはオレの弟子だからな」

 

「…うれしー笑」

 

大野さん。

彼女が一番信頼を寄せる人。

 

大野さん。

さくらさんを…頼みます。

 

 

「じゃあ次、翔ちゃんだよ」

 

「あーオレの番かぁー怖えー笑」

 

「ふふふっ」

 

「翔ちゃん男の子だから

パンチ500ね」

 

「ごひゃ、え?ごひゃく??

大野さんちょっと多くない?笑」

 

「いくよー。かまえてー」

 

「は、はいっ」

 

「…っしゃあーー!」

 

バシンバシンバシン!

バシンバシンバシン!

 

「…っ、はっ、はっはっ」

 

バシンバシンバシン!

バシンバシンバシン!

 

「ぁぁぁあーーーっ!」

 

「あと400!」

 

バシンバシンバシン!

 

「翔ちゃんチカラ入りすぎ。

もっとリラックスして打って」

 

リラックスって…

 

どうすりゃいんだよ!

無理だよ!

 

バシンバシンバシン!

バシンバシンバシン!

 

「指に集中するんじゃない。

その先の栄光が得られんぞ」


大野さんそれ!
燃えよドラゴンのセリフー!

 

ツッコミたいのに

ぜんっぜん声が出ねえ…!

 

「はっはっはっ、はあっはっ、」

 

「あと200」

 

「がんばって翔くん!」

 

パシンパシンパシン!

パシンパシンパシン!

 

「あと少しだよ、がんばって!」

 

「……っ、」

 

 

”がんばって!”

”応援してる!”

 

 

あなたの言葉に

どれほど勇気をもらっただろう。

 

 

ありがとうさくらさん。

 

あなたの声があったから、

気持ちの糸を切らさずに

向き合う事ができたんだ。

 

あきらめずに

企画を書き続けることができた。

 

結果が出なかった間も

もがき続けることができた。

 

”翔くんなら絶対、

大事なもの取り戻せると思う”

 

あなたに出逢わなければ

オレはきっと…腐ってた。

四面楚歌のように感じてた毎日。

 

ただ擦り減ってく時間に

ただイラだって焦ってたオレに、

 

オレの人生に…

希望の光をくれた人。

 

「あと10回!」

 

「んーーーっ…!!」

 

「翔くん!がんばって!!」

 

視界の端に、

椅子から立ち上がった

さくらさんの姿が映る。

 

聞こえる声に、

最後の力を振り絞る。

 

パシンパシンパシン!

パシンパシンパシン!

 

「8、9、10!よしっ!

翔ちゃんおつかれー」

 

「やったーーー…!」

 

「すごい!翔く…きゃっ」

 

ふらつく足で近づいて、

さくらさんの腕を引っ張って。

 

その体をぎゅっと強く抱きしめる。

 

汗だくのオレを、

びっくりしながらも

受け止めてくれるさくらさん。

 

倒れ込みそうになる体を

ぐっと支えるように

さくらさんの腕が背中に回って、

 

「…おつかれさま」

 

ぽんぽんぽん

 

彼女の手のひらが、

労うように背中に触れる。

 

「はあっ…はあっはっはっ、

マジで、死ぬかと思った…笑」

 

「よくがんばりました」

 

ぽんぽんぽん

 

また優しく背中に触れる

彼女の手が嬉しくて、

 

「…ありがとう」

 

どさくさに紛れて

さらにぎゅっと抱きしめる。

 

「……ふっ。笑」

 

ありがとう大野さん。

見てみぬフリ、マジで感謝です。

 

「オレもハニーに

会いたくなっちゃったな~」

 

すげー気になるつぶやきが、

背中に聞こえてきたけど。

 

ひとりごとみたいな声だったから、

オレも聞こえなかったフリをする。

 

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

 

(sideさくら)

 

シャワーを浴びて

更衣室で準備を整えて。

 

急いだつもりだったけど

翔くんはもう入口で待ってたから

小走りで駆け寄る。

 

「ごめんね、お待たせ」

 

「いいよ全然。全然大丈夫」

 

なんだかすごく、

スッキリした顔してる翔くん。

 

さっきは急に抱きしめられて

すごくすごくびっくりしたけど

すごくすごく、嬉しかったな…

 

”ありがとう”

 

耳元で小さく聞こえた

翔くんの柔らかい声。

 

「体、疲れてない?」

 

「うん。今日は全然。

オレも最近けっこう通ってたから、

体力ついてんのかも。笑」

 

「ふふ…そっか」

 

「さ、じゃあ次は、

さくらさんのご要望へと参りましょうか」

 

「うん」

 

今日の日を決めた時に。

 

わたしから事前に、

翔くんにお願いしたこと、ふたつ。

 

まずひとつは…

 

カララン

 

 

「いらっしゃい。

待ってたよ待ってたよ、

お待ちしてましたよ!」

 


(初出:2019.10.10)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

m(__)m


読んでいただき、

ありがとうございます。

 

次回はニノのお店から

デート後半戦です。

 

【小ネタメモ】

 

写真は大手町のOOTEMORI、

地下から地上階を見上げたところです。

翔くんが働く会社のビルのイメージで、

使ってみました。

 

主人公ちゃんのよき理解者の位置、

いつもならだいたい

翔くんか雅紀にやってもらう役を

初めて大野さんにご登場いただいて、

自分で書いててもうめちゃめちゃ

「大野先生…!」ってなってました。笑

見てみぬフリしてくれる大野さん、

とっても好きなシーンです。

 

今週はここまでです。(^^)

来週月曜日は祝日だけどいけるかな、

いけたらいいな。


またどうぞよろしくお願いします(^^)/