【妄想小説】ルビー(9) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

(side翔)

 

「夜空に吸い込まれそうだった!」

 

「大パノラマだったよね。

映像だってわかってても

マジでびっくりしてたわ。笑」

 

「すごかったね、

星空もキレイだったし、

月のシーンもすごく良かったな」

 

「確かに確かに。

あれはなかなか見れないよね。

すげー迫力だった」

 

じりじり太陽が照りつける、

明るい空の下に戻った瞬間から。


何気ない会話をしながらも

頭の中はかなり必死で。

 

必死で自分を

取り戻そうとしてる。

 

落ち着け。

 

落ち着けよ、オレ。

 

いくら特殊な空間だったからといって

彼女の手を握ってしまった自分に

自分がいちばんびっくりしてて、

自分で自分に焦ってる。


まさかあんな衝動的に

彼女の手を握ってしまうなんて。

 

後先考えずに、

あんなことしてしまうなんて。

 

もしニノが見てたら

なんて言うだろう。

 

らしくないね翔ちゃん。笑

 

そう言って

呆れた顔で笑ってくれるだろうか。

 

 

プラネタリウムの間だけ

オレの手の中にあった

さくらさんの柔らかい手。

 

ライトがパッとついた瞬間、

さくらさんはさっと

オレの手から逃れた。

離れた手と手。

 

あっという間に

離れてしまった熱と熱。

 

そして帰り道の今はもう、

何ごともなかったかのように。

 

さくらさんは笑って

星の話を続けている。

 

席を立った時からずっと

ヘンに距離を取ることもなく

ヘンに茶化すこともなく。

 

これまでと変わらずふるまう彼女は

すげー大人だなと思う。

 

年上の女性だということを

今あらためて意識する。

 

それに比べてオレは、

自分本位にあんなこと…

 

何もなかったことになるのは

さみしい気持ちもあったけど、

自覚してしまったこの想いは

到底許されるものではないから。

 

”これまで通り”の彼女は、

逆にありがたかった。

 

とにかく冷静さを取り戻そう。

これ以上困らせないように。

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

並んで歩きながら、

プラネタリウムが始まる前に

聞こうとしてたことを聞く。

 

「さくらさんのインスタのID。

sakura2020の2020って、

もしかして2020年って意味?」

 

「うん。そう。

ホテルアオゾラが

なくなる期限。2020年」

 

ちょっと彼女が目を伏せる。

 

「ホテルの裏庭に桜の木があって。

sakuraはそこからつけたの」

 

「桜の木…」

 

「わたしが生まれた時に

祖父が植えてくれた桜で。

わたしと同い年だからもう今は、

すごく大きな木なんだけど。笑」

 

恥ずかしそうに小さく笑う顔は

やっぱり寂しそうで目が離せない。

 

「その桜の木も、

2020年になくなるから。

だからsakura2020」

 

「なくなるってそんな、」

 

そんな簡単に…

 

「ちょうど取り壊しが決まった頃に

なんとなく作ったIDなんだけど」

 

「今はすごく気に入ってる。

さくらさんって呼ばれるのも

実はけっこう嬉しいし。笑」

 

「…………」

 

ホテルが取り壊されること、

詳しく聞こうか迷ってるうちに、

さくらさんがオレに問いかけてくる。

 

「翔くんのIDの意味は?」

 

「え?」

 

「ss_0610の意味」

 

「ああ…」

 

「ssはイニシャルでしょ?

0610は誕生日?…あ、でも翔くん、

早生まれって言ってたから

6月ってことではないか」

 

”僕は82年の早生まれです”

 

最初に会った日にオレが言ったこと

ちゃんと覚えてくれてるさくらさんが

すげー嬉しい。

 

「0610は…2006年10月の意味で」

 

こんなこと、

誰にも話したことねーな。

 

そう思いながら、言葉を続ける。

 

「今の会社に入って。

自分にできることはなんなのか、

やりたいことがなんなのか、

仕事の上でまだなんにも

見つけらんないで苦しかった時期に」

 

うんうん、と頷きながら

聞いてくれてるさくらさん。

 

「すごく尊敬できる上司に出会って。

その人がなんの経験もないオレを

プロジェクトに抜擢してくれたのが

 2006年の10月のことで」

 

「自分にとって、

ものすごくデカい転機だったから、

なんかに数字入れる時はだいたい

0610を使っちゃうんだよね。笑」

 

「そっか…尊敬できる人。

そう思える人と仕事ができるって

すごくいいね。うらやましい」

 

「でもその上司、

去年異動になってさ」

 

思い出す。

去年の苦々しい出来事。

不可解な人事。

 

「今はイチから、

新しいプロジェクトの中で、」

 

「新しい上司の下で、

けっこう…もがいてる。笑」

 

 

もがいてる。

 

 

口に出して初めて、

ああオレ今 もがいてんだなって、

改めて自分で理解する。

 

 

「大事なものを取り戻したくて

日々もがいてる」

 

 

大事なもの。

 

12年間で培ったオレのやり方。

上司から学んだプライド。

 

全部が全部、

ゼロになったわけではないけど

全部が全部、

今に納得してるかといえば、

全くそうではないわけで。

 

「取り戻せるよきっと」

 

「え?」

 

「翔くんなら絶対、

大事なもの、取り戻せると思う」

 

「………」

 

「ごめん、何の根拠もないのに

こんなこと。笑」

 

「………」

 

「でも、そんな気がするから」

 

 

ザザーッ

 

風が、

オレとさくらさんの間を

強く吹き抜けて、

 

彼女に向かって

無意識に伸ばしかけてた手が

ふいに止まる。

 

また夢中で

彼女の手を取ろうしたことに

思わず抱きしめようとしたことに…

 

自分がいちばんびっくりして、

自分で自分に焦ってる。

 

もしもニノが見てたら

どう言うだろう。

 

なんて顔してんのよ。笑

 

そう言って

笑ってくれるだろうか。

 

ダメだよ翔ちゃん。

わかってるでしょ?

 

そう言って

たしなめてくれるだろうか。

 

 

(初出:2019.9.6)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

読んでいただき

ありがとうございます。

 

続いてるとこなので

今日も2つ再放送にしちゃいます、

夕方10話アップしますね(^^)/

 

【小ネタメモ】

 

NEWS ZEROのスタートが

2006年10月だったので、

エピソードに重ねてました。

 

使った写真は、帯広のホテル、

フロントの天井部分の写真です。

プラネタリウムっぽい!って

フォルダから見つけた瞬間

テンションあがった♪

 

では、また夕方に(^^)/