【妄想小説】ルビー(4) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

(sideさくら)
 
こんな素敵な人に
まっすぐに見つめられて、
ときめくなってほうが無理な話。
 
そうだよ無理な話だよって
いつも心の中で言い訳してる。
 
ニノくんのお店の
いちばん奥のテーブル席。
 
向かい合ってる翔くんの目は、
今日もいたずらに優しいから。
 
他愛ない話をしながらも
胸が勝手にときめいちゃう。
 
ほんの、数時間。
ほんの少しの間だから…
 
またやっぱり、心の中で、言い訳。
 
「さくらさんてさ、」
 
「ん?」
 
「すげー姿勢がいいよね」
 
「そうかな」
 
「うん。背筋がピンとしてて
すげーキレイだなって。
あと箸の持ち方もキレイ」

「親が厳しかっただけ。
そんな褒めても何も出ないよ?笑」
 
「オレさくらさんのこと、
いつもステキだなと思ってます」
 
「それはどうもありがとーー」
 
「いや棒読みーー!笑」
 
言いながら翔くんが
あはは、と大きく笑う。
 
「くっそー。笑
さくらさん最近オレの発言、
適当に流しすぎじゃない?」
 
「それ逆でしょ?
翔くんが適当にすぐ
そういうこと言うからだよ。笑」
 
最初の頃こそ、
翔くんの思わせぶりな発言に
いちいちドキドキして
いちいち固まってたけど。
 
最近なんとなくわかってきた。
 
翔くんがわりと簡単に
”ステキ”とかそういう言葉を
口にするのは。


わたしが結婚してるからこそ、
なんじゃないかって。
 

翔くんにとってわたしは、
彼との未来を期待するような…
普通の女の子とは、違うから。
 
なにを言ったところで、
なにが始まるわけでもないから。
だから安心なんだろうなと思う。
 
その証拠に、彼は。
 
自分のことは
いろいろ話してくれるけど、
わたしの事情を、
突っ込んで聞いてきたりしない。
 
結婚のことも。
どういう生活をしてるかとか
そういうことも。
 
翔くんはわざわざ、
聞いてこないから。
 
モテる彼にとってわたしは
安心安全な存在なんだろうな。
 
そう思うとちょっとだけ
胸がチクンと痛いけど。
 
でもそのおかげで、
わたしは”わたし”じゃなくて、
”さくらさん”として。
 
”さくら”って
かわいい名前のわたしとして。
 
彼とつかの間、
過ごすことができてる。
 
翔くんとのつかの間の
ふわふわした時間を、
ただ楽しく、甘く過ごしてる。

それ以上でも
それ以下でもない関係。
 
そんなこと、当たり前なんだけど。

 
翔くんと過ごす時間は
すごく楽しくてすごく甘くて、
ほんのちょっぴり、切ない。

 
チラッ
 
腕時計を確認する。
 
ああもうどうして、彼との時間は
あっという間に過ぎるんだろう。
 
あと少ししたら、帰らなきゃ…

 
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 
(side翔)
 
彼女が華奢な腕時計を
チラッと確認する仕草を見ると
どうしてか、焦る。
 
細い手首に巻かれてる、
アンティーク調の腕時計。
 
「あーーオレ、
ピザ食ってもいい?」
 
「え?」
 
「一人で食うにはデカいからさ。
さくらさんもちょっと食べて」
 
「あ、」
 
「ニノー!ピザお願いしまーす。
あ、あとビールも」
 
「はいよー」
 
遠くニノの方を見ながら、
視界の端で彼女を確認する。
ちょっと困ってるような、
さくらさんの表情。
 

オレは…ガキかよ。
 

彼女が困るとわかっていながら
いつも積極的に困らせてる自分に
ダセーよなって軽く落ち込む。
 
”もう帰らなきゃ”
 
そう言われるのを覚悟してたのに。
 
「ピザ」
 
「?」
 
「食べてみたかったから嬉しい」
 
ふわっとさくらさんが笑う。
 
「ピザなんて、
一人の時は絶対注文できないから。
翔くんのちょっともらえるのラッキーだな」
 
彼女のきれいな笑顔から
目が離せなくなる。
 

うだる暑さが続く毎日、
四面楚歌のような日々。
 
ただ擦り減ってく時間に
ただただイラだってるような
今年の夏だったけど。
 
彼女といる時間は、
オレにとって特別で。
 

大切な時間。
癒しのような、不思議な…
もうずっと、こういう時間を
求めてたような気すらする。
 

彼女とどうこうなんて、
そんなことは、思ってない。
思ってないけど…
 
”わたしの名前、さくらじゃないの。
インスタのIDをニノくんが
そう呼び始めただけなんだよ”
 
彼女からそう聞いた時。
 
”じゃあほんとの名前は?”
 
そう聞かなかったのは。
 
ここで会う彼女には”さくらさん”で
いて欲しい気持ちがあったから。
 
ホントの名前も、
彼女自身のことも、
 
結婚してる……相手のことも。
 
ほんとはすげー気になってるけど。
正直かなり、気になってるけど。
 

今は、もう少し、このままで。

 
困らせるオレにふんわり笑う
”さくらさん”でいて欲しい。
 
「あとはこれ。旨辛チャーハン?
これもいつか食べたいなって
思ってるんだけど」
 
「ああこれ、
めちゃめちゃ辛いから!」
 
「そうなの?」
 
「オレ一回頼んで、
汗とまんなくなってさ。笑
Yシャツ脱いで食ってた。
もはやスポーツだったよマジで」
 
「ええ?ほんとに?笑」
 
「だらっだら汗流すオレ見て
ニノはすげーウケてたけど。笑」
 
「あはは!笑」
 
「食いたいならつきあうよ」
 
「汗だらだらになってもいいの?笑」
 
「さくらさんのためなら、望むところです」
 
「ふふふ。笑」
 
「だから、次の時に」
 
「次、」
 
「次の時に、一緒に食おうよ」
 
「…うん」
 
 
次の約束。
 

いつもはしない約束をしたこと
彼女も気づいてくれただろうか。
 
涼し気なワンピース。
どんなに蒸し暑くても、
首元のいちばん上まで
きちんとボタンを留めてる、
さくらさんのいつものスタイル。
 
すっと伸びた背筋、
凛としたその姿は、
オレの知ってるさくらさん。
 
もう少しだけ、このままで。
 
今はオレの”さくらさん”でいて。
 
 
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
 

今日も扉を開けてすぐ、

姿勢のいい彼女の姿を探すオレに、

ニノの高めの声が届く。

 

「今日はいないよ、セレブ妻」

 

「は?なに?セレブ妻?」

 

「うん。さくらさんでしょ?

今日は来てない」

 

ニノの白い頬を

じっと見つめながら

一瞬理解が追い付かない。

 

「この時間で来てないってことは

たぶんもう今日は来ないよ」

 

「…セレブ妻、」

 

そのワードとさくらさんが

頭の中であまりにも結び付かなくて、

怪訝な顔でもう一度呟いたオレに、

ニノの不思議そうな目。

 


「え?なに?

翔ちゃん知らなかったの?」

 

 

(初出:2019.8.19)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 
m(__)m
 
読んでいただき、
ありがとうございます。
セレブ妻とは。
次でいろいろ判明します。

【小ネタメモ】
 
翔くんにとってわたしは、
彼との未来を期待するような
普通の女の子とは、違うから。
そう思っているさくらさんと、

いろいろすげー気になってるけど、
今はオレだけのさくらさんでいて、
と願っている翔くんです。

わかっててわざと、
困らせるようなことしちゃう翔くんが
男のコで良きですよね…
翔くんこういう役柄もハマるよなぁ。

今日の写真に、使おうかなと思いながら
結局使わなかったピザの写真をおまけに。
これパクチーのピザだったから…
翔くんダメだよな、と思って。笑

今週は一気に
4話までお付き合いいただき、
どうもありがとうでした!感謝です(^^)

次は5話、
また来週どうぞよろしくお願いします。
よい週末をお過ごしください(^^)♪