Baby, Don’t cry
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次はーー、
〇〇駅ー〇〇駅ー、
お降りの方は…
………え?
〇〇駅!?!?!
がばっ!
マンガみたいに、
飛び起きる。
びくっ!
隣に座ってたおじいちゃんも
同じくマンガみたいに
目をぱちぱちさせてるから。
びっくりさせてごめんなさい!って
頭を下げながらあわてて降りる。
あわてて降りたそこは、
ありえない緑に囲まれたそこは…
のんびりとした見知らぬ駅。
小さな小さな無人駅。
プシュー
ドアが閉まる音。
頭を抱える。
どうしよう。
どうしよう。
完全に遅刻…!!
会社にいくはずが
どうしてこんな駅にいるのよわたし…
と、とりあえず、
とりあえず会社に電話電話…
ドキドキドキ。
緊張しながら聞くコール音。
誰が出るかな…
「はい。もしもし」
ああっよかった櫻井くん!!
いちばん頼れる
年下上司の低い声が聞こえて
ほっと胸をなでおろす。
「もしもし、」
「ああ、どうした?
風邪でもひいた?」
「あの……電車で、
寝過ごしちゃったみたいで、」
「え?マジで?」
はっはっはっはっ!
楽しそうな笑い声。
「今どこ?」
「…〇〇駅」
「マジで?
すげーとこまで行ったね。笑」
はっはっはっはっ!
ちょっと。
笑い過ぎですよ櫻井くん。
「今から向かうけど、
もう少し時間かかると思うから」
「オッケーオッケー。
いいよいいよ。ゆっくりきて」
「ほんとにすみません…」
「部長には
上手く言っときますんで」
「助かります!」
「ふはは。じゃ」
ふう。
ひと安心して、
あたりを見まわしたら。
きれいな空気。
緑のいい匂い。
流れる雲を眺めながら
思わず深呼吸。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
ガタンガタン
ガタンガタン
飛び起きたときとは逆方向。
会社までの上り電車が
緑の中を走り抜ける。
午前中のこんな半端な時間に
乗ってる人なんてほとんどいなくて。
明るい陽射しに照らされた
ガラガラの車内はあったかい。
でんしゃでんしゃー
お母さんの腕の中の小さな手。
可愛い声。
カサカサカサ
おじさんが広げてる
スポーツ新聞。
さっきぐっすり眠ってたおかげで
少し頭がすっきりしてるな。
…あ。
LINEがきてる。
大野:今日お休み?大丈夫?
大野くん。
となりの部署から
きょろきょろわたしの席を
確認する大野くんを想像して
ほっこりした気持ちになる。
んー。
なんて返事しよう。
寝坊した!のスタンプがいいかな。
遅刻します!の方がいいかな。
どれにしようかなって迷って。
またあとで☆
を送るつもりだったのに。
「…あっ!」
うそ。
またあとで☆
のとなりにあった…
大好きだよー♡♡
うさぎが投げキッスしてる
スタンプ…
送信しちゃってる!!
ごめんスタンプまちがえた
慌てて送る文字。
わざわざ訂正しなくても、
間違いだってわかるだろうけど。
ああもう今日は
なんて日なの…
ピロン!
「…ん?」
大野:まちがえてないよ
「ん??」
大野:オレも大好き
「…………」
大好きだよー♡♡(スタンプ)
ごめんスタンプまちがえた
まちがえてないよ
オレも大好き
何度も何度も、
画面を見る。
大野:オレも大好き
飛び起きてからの数十分。
今日はもう、
この数十分でかなり…
ドキドキドキドキ…
消耗してる。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
「目さめたら〇〇駅だったんだって」
「マジで?笑」
「ぐっすり寝ちゃってたんだねー笑」
「ほんとにすみません…」
今朝の遅刻は、
ランチのネタにされても
しょうがない。
「月曜日の朝から
大遅刻なんてさすがです、先輩」
古いソファに
でろーんと体を預けながら、
憎たらしく笑うニノに
なにも言い返せない。
だってほんとに大遅刻だし。
「でもねー、
今日は翔ちゃんがね!」
「翔さんが?」
「電車で具合悪くなったらしいって
部長に言っといてくれたんだよね?」
「ほんっとにありがとう!」
「別にいいよもう」
「翔ちゃんかっこいー♪」
「翔さんかっこいー♪」
ひゅーひゅー♪
「ふはっ。やめろっ。笑」
「…………」
わいわいした雰囲気の中で。
大野くんと目があう。
拗ねてるみたいな、
怒ってるみたいな表情に、
胸がドキン!と音を立てる。
大野くんのくちびる、
ちょっと尖っちゃってるのは。
もしかして…
大野:オレも大好き
既読無視になっちゃってるの、
怒ってるのかな。
小さな応接室での。
いつもの6人での、
ランチの時間。
普段からあんまりしゃべらない
大野くんだから。
今日のこの感じも
ぜんぜん不自然じゃないけど…
真正面から向けられてる
大野くんの視線。
拗ねてるみたいなかわいい顔。
とりあえず…
気がつかないフリで
お弁当に手をつける。
「〇〇駅ってどんな感じなの?」
「無人駅で、だーれもいなくて」
「やっぱそうなんだ」
「緑いっぱいで、
空気がきれいだったよ」
「おい満喫してんじゃねーか。笑」
「いいねー。
たまには自然の中で遊びたいよね!」
「おっバーベキューとか?」
「寒くなる前にやりたいね」
「バーベキュー…」
「はいっ。ではみなさん、
スケジュール調整しまーす」
4人が一斉に
スマホの画面出しながら
この休みはダメだこの連休はどうだ、
わいわいやってるけど。
「…………」
まだ不機嫌そうなままの
大野くんの視線が痛い。
「今月末の土日どっちかは?」
「いんじゃない?」
「ああ…わたし週末ダメだから、
5人で行ってきなよ」
「えー?そうなの?」
「先輩いないとつまんなくね?」
「つまんない。ちょうつまんない」
相葉くんと松本くんの
ストレートな言い方に
ちょっと照れる。
「大人はいろいろあるのー」
「いや大人って。
たいした年変わんないでしょ。笑」
「みんなで行ってきなよ。
ほら。そこらの部署の、
かわいいガールズたちを誘って」
「ふっ。ガールズ。笑」
乾いた笑いをするニノの顔。
「もう戻るね。
今日大遅刻したから仕事しなきゃ」
言いながら立ち上がって、
5人を見たら。
5人が5人とも、
さみしそうなわんこみたいな顔して
こっちを見てるから。
なんだか胸が痛くて、
ちょっとだけ甘く、
キュンキュンしちゃって…
「じゃあね」
振り切るように、
応接室をあとにする。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
「………ふう」
たっぷり残業して、
ようやく全部片付けて。
パソコンの電源を落とす。
誰もいないフロアの電気も。
今日は朝から…
散々な月曜日だったな。
さてと。
エレベーターで目指す、
12階。
【応接室】
年季のはいった白いプレート。
お昼以来の、
茶色の扉を開いたら。
「…え?」
目を閉じた、きれいな横顔。
昼間、
ニノと相葉くんが
座ってた長いソファに、
横になってる大野くん。
寝てるの…?
思わずじっと見つめていたら、
ぱちっ!と目を開けた
大野くんときゅうに目が合って、
ドキン!と胸が大きな音を立てる。
「来ると思ってた」
音もさせずに
すっと起き上がる、
ふんわりした笑顔。
「え…?どうして、」
「前に言ってたよ。
ここからの夜景を見るのが
好きなんだって」
「元気でない時は、
ここの夜景見るんだよねって」
「………」
「だから今日は、来ると思った」
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
古い、
小さな応接室。
今はほとんど使われてない
この応接室で、
最初にランチを食べてたのは
わたしひとりだった。
”こんなとこあんだね”
2年前の春。
となりの部署の大野くんが
突然ふらりとやってきて。
なぜか二人で、
ここでランチするようになったんだっけ。
そのうちいつのまにか、
大野くんと一緒に
4人もくるようになって。
大野くん、櫻井くん、
相葉くん、ニノ、松本くん。
今じゃ当たり前になっている
5人とのランチの時間だけど。
のんびり静かに、二人だけで
過ごしてたときを思い出す。
”なんか落ち着くな”
大野くんの言葉を思い出す。
「夜景見に来たんでしょ?」
パチッ
大野くんが電気を消して。
一瞬で真っ暗になる応接室。
窓の向こうには…
きれいな、きれいな。
白、赤、オレンジ。
人工的な光の粒たちが
きらめいてる。
「ほんとだ。
すっげーきれいなんだね」
「…うん」
暗がりの中、大野くんと二人。
二人で眺める、
窓の向こうのきらめく光。
「最近、ちゃんと寝れてる?」
「え?」
思ってもいなかった言葉に
びっくりする。
「どうして?」
「電車で寝過ごすなんて、
先輩らしくねーから」
「………」
「なんか大変なのかなって
みんな心配してる」
なんの不自然さもない雰囲気で、
大野くんの手が、
わたしのからだを抱きしめる。
ふいに、
深いあたたかさに包まれて
安心して涙が出そう。
「いろいろさあ…あると思うけど」
「ぶっ倒れたりしないでよ?」
ぎゅっ
大野くんの身体。
すごくすごく優しくて、
すごくすごく…あったかい。
”いろいろ”を
簡単に聞かないでいてくれる
大野くんの優しさも嬉しくて、
わたしもそっと、背中に腕を回す。
「…大丈夫。ありがとう」
小さくつぶやいたら、
またぎゅっと包み込んでくれる、
オトコらしい腕。
「お昼、みんなで食べるの楽しくて
ストレス解消になってるから
大丈夫だよ」
「や…いや、それさあ、」
困ったみたいな、
かわいい声。
「オレほんとは、
いっつも思ってるよ。
前みたいに二人っきりがいいって」
「えー?
4人のこと連れてきたの、
大野くんじゃない。笑」
「ちげーよ。
あいつらが勝手に!
ついてきちゃったの!!」
ぎゅーって
音がしそうなくらい
抱きしめられてるのが
現実じゃないみたい。
「オレもう毎日、
気が気じゃないよ」
「早くオレのもんになってよ…」
小さな声に、
ドキドキして。
必死な声が、嬉しくて。
思わずちょっと、
年上ぶって余裕ぶって。
翻弄させたくて。
「大野くん…かわいい。笑」
小さくつぶやいたら。
「かわいいのはそっちでしょ」
信じられないくらい
しっかりと届く声。
信じられないくらい
セクシーな顔が近づいてきて。
「…ん」
くらくらするほどの
甘い甘い甘いキスが…
そっと優しく、落ちてきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(初出:2017.9.11)
