大河内山荘
本日2回目のブログ更新
いやぁ、珍しい。というか、書かないと書きたいことがたまってしまって大変なのです
野宮神社から、竹林の道を上ります。
まだライトアップ前ということもあり、竹林の道もそんなに人が多くなくスタスタと歩けました
でも、前に比べて上り坂がきつくなったような気が…。
絶対に気のせいで運動不足なだけだと思いますが、竹林の道を抜けた頃には若干息切れ
体力のなさを露呈しました
竹林の道を抜けても、ライトアップまではまだ1時間以上。
このままここで待つのも良いけれど、風も強くて寒いので大河内山荘へ行くことに。
竹林の道はよく来るのに、実は一度も行ったことがなかった大河内山荘。
なぜなら入園料が千円と、ちょっと高めだからです。
でも抹茶付きだし、待っているよりは温かいはずということで行ってきました。
大河内山荘庭園は、昭和初期の映画俳優である大河内傳次郎が別荘として造園したもの。
34歳の時に造園を始め、亡くなる64歳の時まで実に30年の年月をかけて造り上げた庭園です。
この規模に、大河内傳次郎という俳優がいかに凄い人だったのかが分かります。
ちなみに大河内傳次郎はこんな人。
なんかこの写真、怖い…。
資料にありましたが、新選組局長である近藤勇も演じたことがあるようですね。
それだけで親近感(笑)
庭園を見る前に抹茶をいただき、冷えていた体が暖まったところで散策開始。
もうね…言葉をなくすってこういうことなんだと思いました。
ここの庭園と、そこからの風景の素晴らしさに「凄い」と「ヤバい」しか言えなかったです。
目の前には、京都市街と比叡山。
振り向くと、小倉山と保津峡。
写真ではこの風景の素晴らしさが伝わらないのがもどかしい。
そして庭園
広大な敷地全てが手入れされていて、本当に美しかった~
結構アップダウンの激しい庭園だったのですが、素晴らしすぎて2周してしまいました。
おかげで次の日はしっかり筋肉痛(笑)
大河内山荘を堪能したら、ライトアップまで残り10分になっていました。
いよいよメインイベントの始まりです
いやぁ、珍しい。というか、書かないと書きたいことがたまってしまって大変なのです
野宮神社から、竹林の道を上ります。
まだライトアップ前ということもあり、竹林の道もそんなに人が多くなくスタスタと歩けました
でも、前に比べて上り坂がきつくなったような気が…。
絶対に気のせいで運動不足なだけだと思いますが、竹林の道を抜けた頃には若干息切れ
体力のなさを露呈しました
竹林の道を抜けても、ライトアップまではまだ1時間以上。
このままここで待つのも良いけれど、風も強くて寒いので大河内山荘へ行くことに。
竹林の道はよく来るのに、実は一度も行ったことがなかった大河内山荘。
なぜなら入園料が千円と、ちょっと高めだからです。
でも抹茶付きだし、待っているよりは温かいはずということで行ってきました。
大河内山荘庭園は、昭和初期の映画俳優である大河内傳次郎が別荘として造園したもの。
34歳の時に造園を始め、亡くなる64歳の時まで実に30年の年月をかけて造り上げた庭園です。
この規模に、大河内傳次郎という俳優がいかに凄い人だったのかが分かります。
ちなみに大河内傳次郎はこんな人。
なんかこの写真、怖い…。
資料にありましたが、新選組局長である近藤勇も演じたことがあるようですね。
それだけで親近感(笑)
庭園を見る前に抹茶をいただき、冷えていた体が暖まったところで散策開始。
もうね…言葉をなくすってこういうことなんだと思いました。
ここの庭園と、そこからの風景の素晴らしさに「凄い」と「ヤバい」しか言えなかったです。
目の前には、京都市街と比叡山。
振り向くと、小倉山と保津峡。
写真ではこの風景の素晴らしさが伝わらないのがもどかしい。
そして庭園
広大な敷地全てが手入れされていて、本当に美しかった~
結構アップダウンの激しい庭園だったのですが、素晴らしすぎて2周してしまいました。
おかげで次の日はしっかり筋肉痛(笑)
大河内山荘を堪能したら、ライトアップまで残り10分になっていました。
いよいよメインイベントの始まりです