ぽん太は、4浪目からも
3浪と同じ塾にお世話になった。
もう、塾からお引き取りを願われるか、
合格するか、
のどちらかになるまで、
ここ!と決めていた。
振り返ると、
この頃のぽん太は、実に楽しそうに
勉強をしていたように思う。
充実しているんだな、と思った。
多浪となり、入試対策は
やり尽くしているように
思えてくるような時期にもかかわらず、
違う側面から勉強ができたおかげなのかな、と母は思った。
塾がいつも新しい刺激、知識を与えてくれるなかで、
自分のやりたい方法でやれていた。
そして、困った時には
先生方にいつでも頼れた。
先生方は、
ぽん太のメンタルをすごく気にかけていてくれたが、ぽん太には気づかれないように
と気を配ってくださっていた。
ぽん太が自ら発信することは受け止めて
ぽん太に返してくださるが、
ぽん太が発信しないことに関しては、まずは母に、必ず、聞いてから判断してくださっていた。
ぽん太を下手に、
傷つけてはいけないと言う気持ちも
もちろんあっただろうが、
受験生である以前の、
ぽん太の年齢や経験に敬意を持って、
ぽん太に接してくださっていたのだろう。
ぽん太のメンタルの弱さに実は
すごく寄り添いながらも、
ぽん太本人に対しては、
その可能性とぽん太の良さをいつも認めているよ!と、しっかりとぽん太に
伝えようとしてくださっていた気がする。
ぽん太は、なんとも贅沢な環境で、
こうして多浪生活を送っていた。
そのおかげで、ぽん太は、多浪の中弛みに
陥ることなく、
勉強の力は、伸ばし続けられたのだと思う。
本人の努力はもちろんだけれど、
その努力をさせてくれた環境、
人の気遣い、思い、が
ぽん太の足を止めないようにしてくれていたんだ。
そして、
結果的に最後の浪人生活となった年…
ぽん太は、
もう一人の先生と出会った。
以前、失敗したと思っていたことに
もう一度だけ、チャレンジしてみようと
思って、
出会った先生だった。