感情をごまかしたり抑圧して生きる時間が長いと、どんどん鈍感になって麻痺していくんだなと思う。

私の場合、自分勝手に抑圧して生きた時間が25年くらい。
気づきを得たのがここ3~4年くらい。
まだまだひよっこです。

喜怒哀楽すべて、ただただ味わうこと。
人として生まれ、味わう幸せを体験し、
こんなに素晴らしく世界は変わり始めた。

自分が変われば、世界は本当に変わるんだなぁということを面白いくらい実感した。

でも、まだまだ鈍感みたい。

"あ、私怒ってたんだ…"
"あ、また出さないように、傷つけないように…ってしてたなぁ"
"でも結局相手には全部伝わってたなぁ"

《怒ることもとことん味わう》
《たとえそれで相手を傷つけたとしても、良いも悪いもないよ~》と感じてる自分と、
《傷つけたくない。怒りを出してはいけない》という自分の中のパターンが、まだ同時に存在している。

でも、それで良いんだ。とそれを許せた。

出来ることから、少しずつね。
出来る日もあって、出来ない日もあって。
でも、確実に昨日の私よりは進化してる、とも感じてる。


怒ることを抑圧している人は多い。

でも、自分が怒ってることにまず自分が気づいて認めてあげられたら…
そして怒ってることをただ味わえたら…
なんだかそれだけで生きてることをこんなにも味わえる。
たとえ誰かに怒りをぶつけてしまって後悔しても…
そんな自分にまた気づいてあげられたら。
不思議と前より生きるのが楽しくなったんだ。
(余談ですが、それで相手が傷つくのならそれは相手の抱えている問題であり、必要で起こっていること。宇宙の真理☆)


今は、感情を味わえるのは人として生まれてきた喜びだと心底思う。
嬉しい、楽しい、幸せを味わうことも
怒り、悲しみ、寂しさを味わうことも
同じように喜びを感じてる自分に気づいたから。
それに気づいてからは、せっかく人として生まれてこれたんだから、この瞬間湧き上がる感情を味合わなきゃもったいないとさえ思ってきた。

人って不思議。

湧き上がるものは本質的に変わってない。
変わったのは、ただそれを自分が認めてあげたかどうか。
それだけで嫌だと許せなかったものがこんなにも喜びに変わるなんて。
苦しみさえも幸せだと思えるなんて。

本当に面白い。

-生きているという実感はここなんじゃないかな?-


そして、こんなに鈍感が味わえたら、きっとそれだけ敏感に味わえる日もくるんだなぁということにも気づいた。


ますます生きるのが楽しくなった。
ありがとう



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