1月30日の治療方針を受け、
私の母親、嫁の両親、それぞれの兄弟夫婦に
連絡を入れなければなりません。
くすぶったまま伏せておきたかった
気持ちと、真実を伝えた時の母の落胆を
想像すると躊躇もありますが、
治療に入るからには伝えないわけにも
いきません。
事前に電話で状況を伝え、翌日に
1日だけ帰省しました。
母にはこの病気の性質上、あくまで
(ATLではなく)白血病ということにして...。
帰省してすぐに、仏壇に手を合わせ、
母と話をしながら散歩がてら
墓参りと近くの神社参りへ。
困った時の
亡き父頼みと御先祖頼みと神頼みです。
母は最初オロオロしていましたが、
体調的には元気な私を見て
歩きながら話をして
少し落ち着いたようです。
夕食どき、
まずは、父の仏壇にビールを一杯置いて、
母・妹夫婦と食事を取りながら、
病気のことや、東京の病院を希望した
理由や、まだ決まっていない東京での
生活拠点のことなど、
できるだけ暗い雰囲気にならないように
話を進めます。
「今の時代、白血病は治る病気やから。
あの水泳選手も元気になって活躍しとるし。
大丈夫、絶対治す。」と。
もちろん、妹夫婦はATLの深刻さは
理解してます。
妹夫婦の「出来ることは何でも、
移植でも経済的な事でもなんでも
するから、
にいちゃん必ず良くなってほしい。」
という言葉に感極まってしまい、
長年兄妹やってきましたが、
初めて妹に泣かされてしまいました。
いい妹と弟に恵まれました。
そうだな、支えてくれる家族の為にも
必ず治そう。
京都 高台寺の竹林
本文とは関係ありません
(故郷の写真が全然ありませんでした)
今日も一日お疲れ様でした。