一般的に『許す』とか『赦す』という言葉は、良い事・良い言葉という印象があります。


しかし最近、これにギモンを抱くようになってきたので、そのあたりの考察を。




『許す』とは罪だと思うことを免じて怨みを無くすこと。


ある意味、崇高な行為と言えます。


相手より上の立場でなければ、できない。


しかし悪く言えば、許せば相手を見下せるとも言える。


相手を『愚かな存在だから仕方ない → 私は立派だから平気』というような感じで。


こう考えると、とても崇高な行為とは言えません。




ある意味、相手を許さずに怒りまくるという行為は相手と同じ土俵に立ったフェアな行為とも言えます。


しかし許すというのは『こんなレベルの低い相手と競っても仕方がない』という傲慢な行為でもある。


もしくは競っても勝てない相手に対する、負け惜しみの行為。


『大人が子供のイタズラに怒るのは情けない』とも言いますが、本当にそうだろうかという気がします。


むしろ同じ土俵に立って本気で怒ることによって、伝わる事もあるハズ。


これは大人同士でも、ありうる話。


あまり怒らない温厚な人、というのは実は内心ですごく他人を見下している人なのかもしれません。




でもそもそもは、許そうとする対象は本来こちらから謝るべき相手。


それも意識して、『許し』はもうやめようと思います。