このブログは記録です


この1~2週間大変だった。


{人生いろんなことがある}って言われて育ってきたけど、


経験したくないこともある


未だに信じたくないし、夢であって欲しいと思う事実が目の前にある現実。


だけど、


現実からは逃げてはダメだ。


この経験が、少しでも将来の糧になればいいかな・・・と思う。


これからが、真の実力を試す時だ!!!!


気合いれてダッシュ





たぬ吉君開腹


151枚


あたり缶 


30枚


経過日数


112日



ある目的地に行かないといけなくなったとして



その道は二つに分かれているとします。




もちろん何かない限り見た感じで距離が近そうな道を選びます。




でも不思議なことで帰り道はなぜか、行くときに選んだ道よりももう一方の道のほうが近そうに見えることがあります。




そして元の場所に帰り着いてもう一度道を振り返ってみると、



どっちも一緒ぐらいだな、とおもってしまうときがあります。






まだ先の人生なんて体験してないからわからないですが



こういった現象みたいに



近いと思っても近道なんてありはしないのかなと感じます。



ただ、どちらの道を歩むにせよ



変わらないのは『歩き出したこと』




到着してわかることもある。



到着した頃には行き道がどうこうというのはほぼ問題ない




とにかく一歩ずつでも歩いて目標へ向かっていきたいものです。





右の欄のニュースに挙がっていたのですが



誰々が選ぶ理想の会社とは?



というアンケートみたいなのがあったのですが



聞くまでもない





人間関係がいいところ? 高給なところ? やりがいのあるところ?






結構なことだと思います。





ただ私はその境地に立っていないから言えるのでしょうが




私の思う理想は





何にもせずにお金が入ってくる会社




です!




こんなこといったらバカか!って言われそうですが




実際もとをたどればみんなここに行き着くと思います。





それか、やりたいことをしながらお金が入ってくる会社




です!




いつまでも仕えていてはダメだと思います。



仕事ではなく自立という意味での『自事』をしていきたいです。







反抗心とはいったいどこから生まれてくるんだろうと思います。



まあ答えは単純に意見の食い違いからだと思いますが





この反抗心、いいときもあれば悪いときもあると思います。



同じ人間が二人いるわけもなし



必ず違う考え環境などがあるから考え方も変わってくる




反抗するとは己を保つためにあるのではないかと感じます。



そうやって今までの環境が間違ったものであってほしくない



だから必ずしも反抗することは悪いことではないように思えます。





でも反抗してばっかりじゃ成長はほとんど望めない



だから反抗心とは制すものとして大事にしなくちゃいけないと思いました。






奇妙なもので飲み屋に行ってたら、偶然知った顔の人とでくわすことがあります。




二日市という小さな街だからかも知れませんが





でも二度目というのは重要なことだと思います。




最初はお互い様子を見つつ~みたいなところもありますし、また会うことはないだろうという感覚で過ごしてしまうと思いますが


二度目以降はいやおうなく本音に近い感覚で話をすると思います。




でも私にとって、こういう出会いがあるのも夜の街のひとつの醍醐味であると考えています。




そして一人ずつ少しずつ確実に輪を広げてみんなでこの街を盛り上げていきたい。




毎回みなさんにはお世話になっているので少しくらい力になれることがあれば手を貸せるような力はつけていきたいものです。





s 



こういう感じでブログを上げていますが


実際、ブログを上げようと思うときはどんなときなんだろうと思います。





やはり書くならばみんなに興味を持ってもらえるような内容が良いと思います。



読んでいただいて深みにはまれるような、そんなブログが書けたらいいなと思います。





そういう興味を持たせることができるようなネタはほとんどないですが


でも自分の知識の中にあるもので、まだみんなに知られていない知識があればそれはすごくいいことだと思います。




ひょんなことですごい経験をしたりしたときはウキウキでブログに残そうとするでしょう。





もし何の変哲もない日になってしまったらそれは、ブログを残すどころかその一日を反省しなければいけません。






ブログ一つにしても気持ちが表面化してしまう




ブログを書くに当たって心の移り変わりというものを自分で認識できなければいいブログは書けないという事です。






むかついたやつは殴る




これは間違ったことだと今まで考えていました。




まあ私が今まで見てきた中でそういう人はろくな人には映っていなかったのが現実です。




ですがこんな偏見を持った言葉でも、許されるというか納得できる状況があるというのも事実です。




ただ問題なのはこの言葉がだめな人が使うという認識を持っているために、この言葉は絶対に使ってはいけないという先入観のようなものを持っているということです。



こんな言葉はこれから先使うことはめったにないと思いますが



自分の気持ちにまっすぐ向き合えるようなそんな言葉を素で出していけるようにしたいです。





悪いことをしてしまったら、人のせいじゃないかと考えてしまう。



そしていいことをしたら、人のおかげという。



この二つに大きな差は無いように思います。




理想論では前者はダメで、後者は素晴らしいことと思われていると思います。



けど蓋を開けてみれば大したことじゃない、どっちも同じことのように感じます。




これらのことが起こってしまうのにはたった一つの理由が考えられます。



それは自分に自信があるか。




自分に自信がないと、行動は自分の意思でやっているにもかかわらず


行動に自分の意思が入らずに行動してしまうからであると思います。



自分の行動には責任があるはずなのに、あたかも責任がないような振る舞いをする。




気づかぬうちにやってしまっていることも多いと思いますが


何をするにもまずはここを固めなければ物事は動かせないように感じました。





人を動かすのは欲望があるからだと思います。



欲望がない人は抜け殻みたいに行動に意義みたいなものがなく



何よりも生気が感じられません。



社会人になって学んだのは仕事と欲とを両立させていかなければならないこと


別に天秤にかけるということではありませんが、でも



どちらかを増やせばもう一方も増えるのかなと思いました。



遊びすぎたらその分仕事してお金をもらわなきゃならないし



仕事をすれば遊ぶ余裕ができてくる。





この比率を理解しなければ自分の時間など取れるわけもないし




たまりに溜まった欲望は本来の目的を狂わせる力を持っているので


この力にだけはきをつけなきゃいけないなと思います。