フランシス・ベーコン展 | Corpus/ou altération en même temps...

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九段下まで来たからには行かないわけにはいきません。


近美のフランシス・ベーコン展。


photo:01



というか以前招待券を頂いてて、武道館が当選した時点で、一緒に行こうって決めてたの。


ということでフランシス・ベーコン展。


とても良かったです。


久しぶりにたくさん刺激を受けられた気がします。


ということで感想を。


とはいえ今武道館入場待ち列からブログを書いてて、しかもスマホだしで書きにくくて集中力もないのdr無茶苦茶な文章になるかも笑


ひとつ、事象があって、身体がある。


でもそれに先立つイメージがある。


そのイメージから距離を取り、あるいは破壊する作品群。


物事を不用意に、暴力的に切り捨てるスラッシュの罠。


A/B、人間/動物、聖/俗、聖なるもの/呪われたるもの、此岸/彼岸、、、


スラッシュによって切り捨てられた「あいだ」について、


定型なるものの不定形(amorphon)性について、


ベーコンの作品から私が受け取ったのは、そんな否定性。


肖像画の習作に描かれた枠。


枠の中に描かれた訴え叫ぶ男。


透明性を帯びた身体。


背景に溶け込もうとする色彩。


歪み、ボカされた顔。


ガラスによって隔てられた絵画と鑑賞者との距離。


それらはエピステーメー の枠を超えた外の思考。


だがそうした外の気付きは日常からはうまれない。


日常もまた、引用符によって閉じ込められた定型世界。


だからこそ、映像の中でベーコンは語る。


「チャンスの到来」を、「偶然性、accident」を待つと。


それは日常から、枠から飛び出た外の世界。


いかなる先行するイメージをにもとらわれない気付きの世界。




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