「天使の蝶」
記憶を喚起するために
無理やりに、力ずくで、呼び起こした天使。
背中につけたその羽はあまりにも未熟で
とても飛べるような状態ではない。
それでも天使は、
「変身」の恐怖におびえるように、
必死に、死力を尽くして
記憶に呼びかけた。
「Glas」
小さなその体で
小さなその手で
力いっぱい
鐘の音をかき鳴らす。
でもその音は
目覚めを告げる時の鐘では決してなく、
死にゆく記憶たちへの
最後の
弔鐘<Glas>
「Trauerarbeit」
天使は記憶を喪った。
もはやその目は完全に活力を失い、
デューラーの有羽の天使にも似た
倦怠を極めた欠乏のまなざし。
停止した思考で、
ただ一点のみを見つめる。
怠惰
陰鬱
虚無
無為
否定的な語が、形容するにはあまりにふさわしい。
「Notizbuch」
記憶を喪い
時間を喪い
思考を喪い
言葉を喪い
そして
理性を喪った。
「Etoile」
どれだけ時間が経っただろう。
欠乏を極めたまさにその時、
ふっと
小さな光が、
流れ星のように、
天使の視界を横切った気がした。
記憶はまだ完全に喪ったわけではない
天使の目に希望が満ちた。
開かれ<Lichtung>を告げる希望の光<Licht>。
もはや世界を喪った<Weltarm>天使は
本能的なリビドーだけで
光を追って、
星を追って、
ただひたすらに
走った。
「スタンツァ」
たどり着いたのは小さな小部屋だった。
それは全てを包み込んでくれるかのように、あまりにも暖かな、子宮のような、小部屋。
ここに全てを委ねよう。
そう決めた天使は
光が与えてくれた
最後の時間
最後の言葉
最後の思考
最後の理性
を尽くして
1000の詩を綴った。
もう、記憶を喪わないために。
「Cendre」
これで大丈夫。
言葉に記憶を保存した天使は
小部屋に鍵をかけ、
小部屋の外に出ようした。
しかしその時
詩が燃焼を始めた。
あわてて火を消すもすでに遅く、
詩は灰<Cendre>となった。
再び起きた悲劇。
記憶を喚起することも、保存することもできないのか。
だが、ふと灰を見やった天使はようやく気付いた。
記憶を喪っていたわけではない。
記憶を保存できないわけではない。
記憶はただ
灰になっただけ。
ならば天使は、
ならば私は
灰を頭からかぶろう<Cendrillon>ではないか。
「変身」を受け入れようではないか。
記憶を喚起するのではなく
記憶を保存するのではなく
記憶を忘却するのではなく
ただ
記憶をそのものとして所有するために。