「・・・・・・・・・・・・・・・!!」

「ついでに教えてやると、足も揃えて縛ったのはお前で実験したからだ

 深い快楽が得られるそうだからな」

殴られたような衝撃で、もう、声がでない

頭の中で言葉が紡げない・・・

「御堂はお前のように簡単に崩れたりしないからな、まだまだ楽しめそうだ

 ・・・そういうわけで、根性ナシのお前とは小学校以来の再会を喜ぶヒマもなくジ・エンドだ」

「じゃあ・・・おれとメールでだけやりとりしていたのは・・・それは・・・お・・・前・・・?」

「そういうことだな

 御堂には脚しか自由にさせてないからな」

カバンに契約書として成立している紙を無造作に入れると佐伯は自分のネクタイを拾い上げて胸のポケットにねじこみ、出て行こうとした

だがドアの前で思い出したように振り返り、

「ああ、そうだ納品は明日だ

 忘れるところだった

 支払いは・・・どうする?現金で用意できるか?振込みか?」

おれを怒らそうとしているとしか受け取れない口調で聞いてくる

「な、に・・・?」

「契約は成立しているんだ

 不履行の場合はペナルティが待っているぞ」

やれやれ、と言いながら面倒くさそうにカバンから契約書を取り出しぴらぴらと振って見せる

「それに・・・お前の家は古くから商売をしているんじゃなかったか?

 いまは1件くらいなんともなくても、いずれ継ぐ家業に影響が出なければいいがな」

「・・・それは・・・脅しか?」

「さーあ?

 どう考えようがお前の勝手だが有効な契約書が存在するんだ

 どちらが得か、よく考えるんだな

 それに、無理に俺に会う必要はないんだ

 あの受付嬢を使えばいいだろう

 それとも、またしてほしいのか・・・くっ」

あからさまにバカにするような含み笑いに

「お、まえ・・・っ!」

痛みを忘れるほどの激情にかられておれは佐伯に詰め寄るため立ち上がった


そのとき、おれの中の誰かが、何か言った

歩きながら小さかった声がだんだん大きくなるのを感じる

佐伯に近づくにしたがって頭が割れるように痛くなってきた

その、おれの中の言葉を発する何かは


今大切な御堂を捨ててヤツを想っていた頃に戻るか?

思考の全てを佐伯で満たしていた頃に・・・

想いが恋慕ではなく憎しみに変わるだけの話だ・・・


と繰り返す


聞きたくない・・・!こんなの、おれの気持ちじゃない・・・っ

痛い・・・痛い・・・


「あ・・・あたまが・・・っ・・・!」

おれは締め付けられるような頭の痛みに歩みをとめ耳を塞いでしゃがみこんだ

「ふん、ヘタな演技だな

 次の職業は役者にしないほうがよさそうだ、忠告しといてやるよ」

それだけ言うと佐伯はさっさと出て行ってしまった


おれの、自分の城である執務室にはおれを拘束していたモノと見たくもない契約書の控え、そしておれが残された・・・


よろよろと立ち上がり、自らの体液で汚れた腹を拭こうとするものの動揺と痛む手首のせいで的外れなところにしか手が動かない


どう・・・すれば・・・


思考がままならない

思い返してみれば佐伯に会ってから、いや、その名前を聞いてから今まで気持ちが落ち着いていなかったような気がする

契約の金額などたかが痴れているがしてやられたことに変わりはない

「くそっ!くそっ!くそっっ!!」

しばらく拳でソファを思い切り殴り続けた

だが、そんなことをしていても何の問題解決にもならない


新たに手を打たなければ・・・



ん、今日は金曜か・・・

せっかく明日から三連休なのに最悪な気分でいなくちゃいけないなんて・・・あ・・・


自分がもっと憂鬱で困難に直面していることに気が付いた

このままでは車に乗ったとしても外から見える上半身はシャツがないのでみっともないし、悪くすると頭のおかしい人物だと思われかねない


仕方ない、これを着ていくか


コートを着たまま車に乗ると後ろにシワがよるので好きではないが今日はやむをえない


さっさと帰ってこの気持ち悪い身体を洗ってしまいたい・・・!


急いでコートを羽織り襟元が見えないようにするとクリニックを閉め愛車に乗り込んだ



ドアが閉まり、マンションのエレベーターが上昇を始めると壁にもたれてやっと息をつく

佐伯に触られ、無理やりにだが達かされてしまったことを思い出して自分の肩を抱き、ぞくぞくと背筋を走る悪寒に耐える

部屋に着くとベッドに倒れこんでしまいたい衝動をおさえながらバスタブにお湯をため服を脱ぐ

洗面台の鏡に映る自分の姿を見るとひどい顔をしている

しばらくぼうっとしているとお湯がはれたので身体をしずめる


御堂も・・・こんな風にされたんだろうか・・・

いや、佐伯のことだ、もっと酷いことを・・・そしてそれは今も・・・


自分は入浴もできるし気持ちの良い仕上がりのタオルだって使える、飲むことも食べることも自由だ


だが御堂は全てを拘束されている・・・御堂・・・

佐伯め、自由になるのが脚だけだなどと、よく言えたものだ

なんとかして・・・絶対に助けてやるからな、御堂・・・


休みが明け、火曜日になって予約の入っているリストを見ていたらいやなことを思い出した

今日は1回のカウンセリングが非常に長い人物の予約が入っているのだ


しまった、忘れていたな・・・


今夜御堂のマンションに様子を見に行き、助け出すつもりだったが遅くなってしまうかもしれない


そして予想通り今日も同じように長く、途中からイライラしだしていつもより余計にかかった気がした

その患者を送り出すとおれもすぐにクリニックを出る


佐伯が来ているとやっかいだが・・・助けるなら1日でも早い方がいいしな・・・


マンションの前まで行き、見上げると御堂の部屋には電気が点いていない


奥の部屋にいてこちらからではわからないだけかもしれないが・・・

鉢合わせしたらその時はその時だ・・・!


エントランスに入ろうとするとエレベーターのドアが開く音がした

一応外の植え込みに姿を隠すと出てきたのはなんと佐伯だった

様子を見ているとすぐにこちらに歩いてこず、マンションの壁に背中をあずけている


帰るならさっさと帰れ・・・!


だがおれの意思に反して佐伯はそのまま顔を下に向け、手で覆っている


なんだ・・・?

出てきたのに何か迷うこと、あるのか・・・?


そのまま観察していると佐伯はタバコを取り出し火をつけると一息吐き出して決心したように歩き出した


なんだか知らないがおかしなやつだ


佐伯をやり過ごすとすぐに御堂の部屋に向かう


ピ・・・カチャ

開いた音がするとドアを開けて中に入る

部屋の中は真っ暗だ

明かりを探して点けると玄関と廊下だけが明るくなった

廊下を通り、部屋の照明のスイッチを押すが反応がない


御堂はこんな真っ暗な中にいるのか・・・?どこだ・・・?


拘束がはじまったと思われる時期から何ヶ月も経っていないので止められたということはない

佐伯が何かしたのだろう

リビングルームで御堂を見つけたおれは驚きのあまり息を飲んだ

廊下の明かりで浮かび上がったのは悲惨な光景だった

全裸で力なくうなだれている御堂の周りには彼を苦しめただろう道具が散乱していた

バイブ、ローター、鞭、ロープ、ボールギャグ、エネマグラ・・・そして床にぐちゃりと置かれた蠟燭

その中で一糸まとわぬ姿の御堂は、しかし何にも拘束されていなかった

「み・・どう・・・?」

差し込む光が揺れて、近づくおれに気が付いた御堂は顔をあげる

が、あんなに美しかった面影はもうそこにはない

自信に満ち溢れ、プライドの高い彼は佐伯の陵辱に徹底的に抵抗しただろう

そのせいでココロもカラダも傷つけられすぎて現実逃避している

殻に閉じこもって自分に何が起こっているのか分からないところまで追い詰められていた

御堂のすぐそばまで行くと

「いや・・・いやだ・・・また来たのか・・・こ、こないでくれ・・・っ」

身体を小刻みに震わせ壁に身体をおしつけている

「御堂さん・・・?御堂さん、御堂さん!御堂さん!!

 しっかりしてください、澤村です・・・っ!」

「・・・・・・・・・せ・・んせい・・・?わ・・・たしを・・・わたしを・・・みな・・・いでくれ・・・っ!」

佐伯と自分以外の人間にこの状況を知られて全身を焼かれるほどの羞恥に襲われているのだろう

気にするな、と声をかけたかったが静かに首を抱き寄せ頭を撫でる

しばらくすると身体の震えがとまったので

「御堂さん、助けに来ました

 いまならここを出られます

 いっしょに来てください」

「・・・?」

御堂は呆けたような顔でおれを見る


ここから逃がしてやると言っているのがわからないのか・・・?


「さあ、行きましょう」

手を貸して立ち上がらせるが長い期間同じ体勢だったために歩くこともままならない

肩を貸してなかば引きずるように部屋から連れ出そうとしたが御堂は全裸だ

床に一度座らせ、持ってきていた懐中電灯で照らしながら着せる物を探す

寝室でクローゼットを見つけて開いてみると・・・


何もない・・・!

まさか、佐伯が全部・・・!?

持って行ったか捨てたか・・・要するに御堂には着るものなど不要ということか・・・?


御堂のところに戻るとコートを肩にかけて立ち上がらせた

さっきよりは歩こうという意思が感じられる

なんとか連れ出し車に乗せるとすぐに発進させた


身体は連れ出したが問題は心だな・・・

カウンセリングをしていたときとはあまりに違いすぎる

元にもどるには時間が・・・あ・・・元・・・?元に戻るのか?この状態から・・・?



・・・いや、絶対に戻してみせるさ

あんなに美しいものがこの世から消えてしまうなんて許されない

復活させられなくてなにがカウンセラーだ・・・


身体も心も実際につらいのはおれじゃないのに悔しくて溢れてくる涙をそのままに運転する


マンションに着くと御堂をソファに座らせすぐ風呂の用意をした

冬とはいえ、何日も身体を・・・拭くことも洗うこともなく・・・放置されていたのだろう

少しすえた臭いがしている御堂をキレイに洗い、あたたかいお湯でほぐしてやりたい


ソファに力なく身を委ねている御堂を起こして連れて行き、湯船につからせる

頭を洗い、シャワーで流していると身体がぐらりと揺れた


・・・!?


あわてて顔を覗き込むと、御堂は寝ていた

長い間の拘束、そして解放・・・緊張の糸が切れたのだろう


いまはゆっくり、ただ、ゆっくりさせてやりたい・・・

しかし、なぜ拘束具が一つもつけられていなかったのか・・・?

佐伯は御堂の脚以外全身を拘束しているようなことを言っていたのに不可解なことがあるものだ


湯船に身体を入れたまま、丁寧に洗ってきれいにしていった

そうしている間、どうしても白い肌に残る痛々しいムチや拘束の痕に目が行く

このキズはひと月もすればなくなるだろうが・・・

元に戻すためには心を強くもっていてくれないとできない

耐えてくれ、御堂・・・!


それからおれはクリニックにいる時間を短くするため1日に受け入れる患者の数を減らした

そして部屋でできる仕事は持ち帰り、可能な限り御堂と一緒にすごした

手に入れるべき御堂の身体も心もいまここに存在しない

御堂の気持ち・・・自我が戻ってこなければ手の施しようがないので根気よくそばにいてやることしかできない

まるで大きな子どもと生活しているようなものだ

最初は時折感情を昂ぶらせてモノを壊したが半年が経つ今はその頻度は減ってきている

「壊したいなら壊したいだけやってください・・・

 それで御堂さんの気が済むなら私はいくらでもかまわないんです

 一番大事な貴方のすることくらい、全て受け止めますよ・・・」

おれは御堂を抱きしめ、決まってそう言う

そうすると御堂は安心したようにおれの肩に頭を乗せてすやすやと寝入るのだ

これは佐伯に拘束されている間、全否定するようなことしかされなかった証拠だ

改めて佐伯への怒りが沸き上がる


そのうち、おれが帰ると御堂は新聞を見ていることが多くなった

ずっとこの部屋の中にいて外のことに興味が向くのはいい傾向だ

頃合いをみてカウンセリングをはじめると症状は加速度的に良くなっていった


何週間かした後、部屋に帰ったおれを御堂が呼んだ

「そろそろ働きたいのですが・・・」

まだ少し不安が残るものの、御堂は社会復帰しても問題ないほどに回復していた

それを自分でも少しずつ感じているのだろう


このままカウンセリングを続ける必要はあるが・・・

自信をつけさせるためにも就職させるのもいいかもしれない


「ずっとお世話になっているのも心苦しいので住まいも別に借りて・・・と思っているのですがどうでしょうか・・・?」

「わかりました」

佐伯に拘束されている間に無断欠勤を繰り返した御堂は解雇処分されている

それはすでに伝えてあった

だが、自分の力だけで再就職しようとすれば”前の職場”に勤務態度などを調べる電話が行くだろう

そうなればいくら御堂が優秀でも不採用になりかねず、いまはそんなショックで落ち込ませることはない
「では、知り合いの会社を紹介しますのでしばらくはそこで働いてみてください

 規模としては前の会社より小さめですがやりがいのある職場ですよ

 そして・・・まだしばらくカウンセリングは必要ですので通ってくださいね」

「はい・・・」

結局、この8ヶ月の間おれは御堂に欲情したことはなかった

願ったのは彼の身体ではなく心の平穏だった


ふっ、あんなに手に入れて思うさまいたぶって・・・

欲しくてたまらなかったのにおかしなもんだな・・・


大切なものとはいえ他人のために自分が変わるなどということは考えもしなかった

御堂が来てから彼はもちろん、誰も抱いていないしそばに寄せてもいないのだ


少し前のおれでは考えられない・・・

いかに御堂を大切に思っていたのか思い知らされるな・・・


そして御堂も・・・カウンセリングで彼の心にはそばにいたい人物がいることがわかっている


それがおれでなくて誰だというんだ・・・?


そして今後願うべきは御堂がやりたいことを見つけられる環境において、完全に立ち直らせることだ


あの、気高く美を体現する御堂にもう一度会うために・・・

~4ヵ月後~

御堂を預けた社長に様子を聞くと彼を担当に大きなプロジェクトが動きそうだという

就職してから短期間で御堂はブランクを感じさせない働きをし、プロジェクトリーダーになっていた

そうか・・・ついに・・・


それが成功すれば御堂は完全復活することになる


年下のおれが御堂の巣立ちに肩を落とすこともない、か・・・


一人暮らしに戻って少し感傷的になっているようだ

御堂から今夜予定していたカウンセリングは延期してほしいと連絡を受けた


これでは虚無感にさいなまれたおれにカウンセラーが必要になるかもしれないな・・・ふっ


気が向いておよそ1年ぶりにあの店に行ってみようと足を向ける

居心地の良い場所で食事をすれば少しは気分転換になるだろう

店のドアを開けると入り口のスタッフが驚いた顔をした

「!いらっしゃいませ」


足繁く通っていたのに転勤などの理由なしに突然来なくなった客は二度と戻らないものだからな・・・


「こんばんわ」

「澤村さま・・・っ、いらっしゃいませ」

奥から出迎えにきたのは桜井だった

1年の間にレストランスタッフとして成長したようだ

表情が依然の自信なさそうなものとは全然違い、にこやかになっていた

「おひさしぶりです!」

「はい、本当にそうですね」


過去から続く声vol.1は→こちら


過去から続く声vol.2は→こちら


過去から続く声vol.3は→こちら


過去から続く声vol.4は→こちら


過去から続く声vol.5は→こちら


過去から続く声vol.7は→こちら


過去から続く声vol.8は→こちら