今日を生きる

今日を生きる

障害があります

真夜中に目が覚める。次の日に用事があれば、そのまま朝まで待つのだけど、そんなものは一つもない僕は、酒を買いにコンビニまで車を走らせる。静まり返った店内。僕が入って来たのに気付いているのかそうでないかは知らないけど、店員の挨拶はない。缶チューハイをかごに入れる。それから、つまみになるようなものをかごに入れる。客は僕ひとり、店員は何かの商品を整理している様子だ。あたかも僕は存在していないように振舞う店員。僕はレジへと向かう。それと同時に店員もレジへと足を向ける。何気にだけど、客がいるということは分かっている、しかし、敢えてだろうか、それを主張することはない。おそらく、この店員のいつもの間のとり方で、それをルーティンにしているのだろう。顔に表情はない、虚ろな目をして商品のバーコードを読み込む。そして僕に金額を告げる。商品を袋に入れ、釣銭を渡し、店員は「ありがとうございました」と言う。僕は何かを言おうとした。「夜勤、大変ですね」…まぁ、そんなありきたりな言葉しか浮かばないけど、でも言わなかった、言えなかったというのが正解だろうか。僕には膨大な時間がある。店員もそれほど忙しいわけではないだろう。だったら世間話のひとつをしたっていいかもしれないけど、虚ろな目をした店員は、それを否定する何か僕には読み取れないくらいの深い事情を抱えているように感じた。

家に帰り缶チューハイを飲む。タバコに火を点け、真っ暗で何も無い窓の外を眺める。そこには何かが在る、しかし暗闇なので見えない、あのコンビニの店員にだって、いろんな、もしかしたら誰かと話をしたい感情があるのかもしれない、しかしそれはあたかも暗闇で何の景色も見えないのと同じように、自分を暗闇に閉じ込めているかのように僕には見えた。

彼は自分の居場所を見つけている。深夜のコンビニの店員という、あまり目立たない場所だけど、立派に頑張っている。無表情で虚ろな目をしているけど、しっかりと生きている。それに比べ僕はどうだろう。生きているのか死んでいるのか、もう分からない。ずっと酒を飲み、過去に出会ってきた人々を呪うこと、それは生きていると言えるのだろうか。

今までの人生には恨みしかない。それは紛れもない事実だ。ただ、そんな底辺の人間にかぎって人の温もりを求めるのも事実なのだから、人というのは不思議な生き物だと思う。