殴られることは痛い。でも、私を殴った人間は大体いつも笑っていた。笑いながら私を殴っていた。
ある意味で驚かれることかもしれないけれど、私は二十歳になるまでお酒を飲んだことがないのです。酔っぱらったという感覚を知ったのは25歳になる年。
父親はアルコール依存症の診断を受けさせればきっと治療が必要になるような人間でした。母親はそんな父を毛嫌い、また、幼い日に放った私の些細な言葉から一切お酒を飲まなくなったバケモノです。
母に勧められたお酒を飲んでいたときに、母親自身が飲まなくなった理由を聞いたときは唖然としたものだ。
春には様々な思い出がある。
去年ならば私は春のうちに3度病院で包帯を巻かれる事態に巻き込まれた。月一のペースだ。ついでに、ある意味での不倫旅行みたいなのをさせられてから1年経っていないというのは笑える話だ。
2年前の春、18年は本格的に配信を始めたり、クライアントと京都に行ったり、父親が帰国したり、なんだか誰かに恋していたようだが、それが誰なのかは思い出せない。
けれど貴方が私の街から消えてしまったのはこの春で、アナタももういない春。
それなのにアナタと散りかけの桜を見て、アナタは自分をまげて私を助けてくれた。
3年前、17年の春は仕事先でうつ病が悪化してしまい、精神がズタボロになっていた。それでも、婚活レポートを始めたのはある意味で逃げたかったのだろう。ちなみに、呟きを振り返っていたら本日は唯一の友人が結婚式を挙げた日だった。
16年。4年前の春。これは春の話じゃないけれど、2月29日に好きな人に会いに行っていた。
『4年に一度しかない日に会えているなんて、奇跡みたいだね』といった私にアノ人は「気持ち悪いことを言ってんじゃねよ!!」って言いながら顔を隠すように雪の中を走り出した。けれど、戻ってきて「ここすべる」って手を握られたのは妄想のような本当の話。
そして、そうだ……この年の3月18日にアノ子が処分された。自分を見ているようで正直とても怖い気持ちだった。それでも一番幸せだった年。
巻き戻した季節。話の本題。2015年。5年前の春。
始めてだらけの春。本格的にお酒を飲み始めた年。
私が初めて馬鹿みたいにお酒を飲んだ理由はフラれたからでした。人生で初めてした告白。
母親が家にいなかったので、ビールと何本かのチューハイと父がいつも飲んでいたウイスキーの茶色い小型のボトル。
父と同じようにボトル直飲みでウイスキーを流し込みました。
世界がフワフワとして現実ではないような、そんな気持ち。父はこんな世界でしか生きられないんだって同時に感じたのを強く覚えてる。
父親が違う方向へより狂う約1ヶ月前のお話。
お酒を飲んでいたときの様々なこと、その前後も記憶しています。3月8日。あの日にお酒を飲んでいたかで私の人生はまた違う分岐をしていたでしょう。
父親と同じ景色の中で私は初めて本気で人に抱き締められた。それは物理じゃない。でも、忘れられはしない。他人に、すがるように大きく泣いたあの夜を。
私が父親と初めてまともに会話ができた短い時間の中で、父は私にこう言った。
「お父さんは、お酒で酔ったことがないんだ。飲み方をわきまえているから。ちゃんと全部覚えているよ」
「お父さんは、人に死ねとか殺すとかキツイ言葉を言えないんだ。自分の方が言っててつらくなる」
「お父さんは、実は喧嘩をしたことがないんだ。人を殴ったり、暴力をふるうなんて怖くてできない」
笑える話だ。
母親の話だからそれが本当なのか今ではわからないが、父は泥酔して数回、警察に保護され留置場に泊ったことがあるはずだ。
たしかにキツイ言葉を使っている記憶は薄い。だが、幼い頃から私が家で傷みを感じたとき、そう、父親に弄ばれたときはいつだって酒の香りがしていた。
怒鳴った、叫んだ、その息も酒の臭い。
『痛い!!やめて!!』と泣き叫んだあのときに父が酒瓶を持っていた。
それでも父は楽しげに笑っていた。抵抗できない私を蹴りまわして、笑っていた。
自分の骨がきしむ音を始めて聞いたのはきっとあのとき。
でも、父はきっと本当に楽しかったのだと20年程経って理解しましたよ。5年前の春に見た、あの日の世界に父はいつからか引きこもり続けているのだから。
私がお酒で本気で失敗したのは記憶している中では4回のはず。
というよりも、記憶が途切れた時間があったのが4回。
だから時々考えるんですよ……父がいるのはあの記憶がなく動き回っている世界で一体どのくらいの時間生きているのかと。
まあでも、ある意味でもっと怖いのは完全に正常な状態で人が泣き叫ぶのを見てニコニコと笑い続けている母の方ですけどね。
それに私を殴ったり、私の物を壊してきた人はみんな笑っていましたけど。
唯一、私が痛みを感じたときに笑っていなかったのはカレくらいなんじゃないだろうか。
それ以外は色んな意味でクズというか、倫理観が崩壊してるとしか形容できませんが。
さくらは一番好きな花です。お酒も好きです。なので花見酒ってかなり好きなんですよ。
けれどそれを組み合わせるとろくでもないことばかり思い出す。痛むはずのない体が痛み出す。桜の下でお酒を飲むと自然と涙がこぼれだす。
もうすぐ、さくらが咲くでしょう。今年は花見は全国的に規制されると思うのですが初めから一人きりの私にはあまり関係がありません。ただ――
――ただ、今年の私はどこで桜を見るのでしょうね。今の私には当たり前に桜が存在しないのですから。
桜の街に産まれ、育った幸福を忘れたことなんてなかったですが、もう容易にあの景色が見れないのは激しい損失です。
けれど、桜を求めて少しこの街をさ迷うのも悪くはないのかもしれないですね。
墨染の桜。小雨が降る満月の月夜。2017年4月11日。
アナタは花弁と共に踊っていた。片手にビール缶を持って、全てが白黒の墨絵のような世界で。
ビニール傘にスマホのライトを入れて提灯代わりにして、音楽はアナタが携帯で鳴らしていた。おつまみはアナタが作って、片付けは私。
帰りにはまた雨が降り出した。私はわざと、交差点で中島みゆきさんの幽霊交差点をかけたけど、アナタはなにも反応してくれなかったね。
一緒にローソンによって、また家に帰ってからアナタがおつまみを作って飲みなおした。
アナタは知るはずもないけど、私ね、あの日、初めて一番恐いことをしてたんだよ。
そうだ、春にはそれもあるんだった。本当にろくでもないね。
ろくでもない記憶しかない。それでも、今の私はそれを思い出せることが幸せに感じる。
忘れて良いことなんて何もないから――今年の春は良い春になりますように。
私にとっても、誰かにとっても。