フライトマップ

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海外の行き帰りにフライトマップを見るのが好きだ。
行きは心優しい祖国への愛惜を感じつつ、離れて行く風情を楽しみ、帰りは逆に退屈な祖国が近付く憂鬱を噛み締める。
そんななか、帰国に伴う憂鬱を少し慰めるのが、やはりモニターに映し出される完璧としか言いようの無い祖国のデザインだ。
日本はまず島国であるから、額縁は海となる。
そしてタツノオトシゴにも例えられるこの列島が、今にも太平洋へ泳ぎ出して行きそうな向きに配置されている。
これがもし逆だったら、これほどの伸びやかな感じを与えないだろう。
北海道の首の絶妙なカーブ、空気を沢山吸い込んだような三陸の張り出しとぐっと反った日本海側の背中、房総半島のヒレ感に対応する能登半島、能登半島のベクトルを受け止める佐渡島、畿内手前でくびれてから中国山陰を受け止める紀伊半島、四国、九州の見事な配置まで、どこを見ても全体のデザインを考慮して作られたとしか思えない。
生き物は生存競争に形を磨かれるものだけれども、地形はそうはいかない。
見事だ、などと思っていると飛行機はすぐに着いてしまう。
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プチ怪談 靴下お化け

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繊細なお子様だったこともあり、少年時代はやたらとお化けを見ていた気がする。

その中でも靴下お化けと呼んでいた奴が一番のお馴染みだった。

靴下お化けを初めて見たのはまだ実家が建て替わる前で、小学校低学年の頃だったと思う。


夜寝ているとパタパタと部屋を走り回る奴がいる。

ゴロンと横を向いて薄眼を開けると、小さな人影が動いていて、顔も体もモワーッと定かでないのに、白くて短いソックスだけははっきりと見える。

そのソックスの印象から靴下お化けと呼んでいた。

そいつを時々見ていたが、思春期を過ぎてやがて現れることはなくなり、子供の頃の幻だったのだと自分でも思うようになっていた。

時は過ぎて大学の後半の冬、奈良へ旅行に行った折、町家を改装した素泊まりの安宿に泊まった。

民家そのままに襖を隔てて何組か客を泊める形の宿だったが、その晩は僕だけだった。

夜半過ぎ明け方近く、何か眠れなくなって意識が冴えてきたところに、部屋の中で妙な物音がする。

何か小型の野生動物が誤って家屋に入ってしまい、出口を探して走り回っているような。

こりゃあれだ、、と思って横を向き薄眼を開けると、障子越しの薄明かりを逆光に走り回る小さな人影が見えた。

1mもないそいつは体も手足も顔も茶色でシュロかタワシのようにモワーッとしている。

が、やはり足には白いソックスを履いているのが見えた。

靴下お化けは、大人になってからは見ない、子供時代の幻想だと思っていたので、怖いと言うよりショックを受けていると、やがて逃げ場が無いと気づいたように障子を背に止まると、正面突破とばかりに寝ている僕の方へ全速力で走ってきた。

僕は思わず声無き悲鳴をあげ、両目を閉じる。

枕元の電気ストーブの金網がそいつの足音に合わせてシャンシャン鳴る。

僕の腹に衝突するかと思った瞬間、スッと消えたか僕を透り抜けたか、もしくは僕の中に入ったかは分からぬまま姿を消した。

しかし枕元の電気ストーブの金網がわずかに揺れていたから、全くの幻でなかったことは知られた。


それからしばらく僕は神秘的な現象が間違い無くあるということを目撃し、それを否定できないと思い知ってブルーになっていた。

今思うと、靴下お化けが履いていた短い白ソックスは、足袋だったのかもしれず、黄色い靴下お化けだったら僕は狂言をやっていたかもしれない。


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プチ怪談 午後の公園

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小学生時代、休みの日と言えば仲間と自転車で一日走り回るのが常だった。

未だ知らぬ水場へ、心惹かれる神社や寺へ、鬼ごっこや隠れんぼの格好の穴場を求めて、路地を抜け坂を上って、僕らはどこまでも行った。

その日は少し遠出し多摩川の河川敷きに出て遠くの山々を眺め、地元に戻って穴場を探すことにした。

途中住宅地でTちゃんが行方不明になり、「被害者だ被害者だ」と笑っていたら曲がり角からひょっこり現れたりしてまた笑った。

そんなこんなで地元に戻って、どこか面白いところは無いかと走り回るうち、街道沿いの量販店裏にこんもりとした緑地があるのが見えた。

不思議なことに誰もその場所に行ったことがなく、早速脇道に車輪を進めてその森へ向かった。

するとそこは低い丘沿いに木々が植わり、その麓には廃車となった消防車やネットの遊具や砂場など、子どもたちにとっては天国のような光景が広がっていた。

丘がきれる辺りには祠があった。

日はまだ高い。

これから日暮れまで何時間でも思いっきり遊べると、僕らはワクワクしながら自転車を停めて丘に向って走り出した。

すると砂場に本当に最近ハイハイが出来るようになったくらいの赤ん坊が一人で遊んでいた。

見回しても保護者はおらず、よく見れば丘にも遊具にも人影は無い。

僕らは何か心に不安が芽生えるのを感じながら丘の遊具に向かった。

時間帯にしては木立が妙に暗く思え、空を覆う木々がザワザワと手を伸ばすような感覚をさっきから覚えていた。

それに頭上数十センチでずっと鳴っている「ヒュ〜ッ」という音は何なのだろうと、言葉を交わさず僕らは目配せし合った。

その音は怪奇番組で使われるベタな効果音にそっくりで、物理的な音声という感じがせず、不思議なのはこちらが動くにつれ音の発する場所が付いてくるのだ。

そんななか鬼ごっこを始めた僕らであったが、どこへ行っても孤立するのが恐ろしくなり、いつしかひとところに集まっていた。

言葉にはしないもののみな思っていることは同じであり、「ヒュ〜ッ」という音に追いかけられながらそろそろ限界がくるのを感じていた。

顔を見合わせ、皆がこの不安を言葉にしようと唇を動かそうとした瞬間、「パンパン、パン!」と皆の真ん中で謎の破裂音がしたのでもう何も言わず我先にと自転車へ走り出し、日も暮れずまだまだ何時間でも遊べそうな時間帯だったのに、どこかへ向かうこともなく散り散りに別れた。


後日母親にそのことを言ったら、あそこには首塚があったと話していたが、地元にそんな歴史があったとは思えず真偽も明らかではない。

中学に上がった頃、あの辺りも少し開発されて団地的な物ができたが、あの公園はまだあるんじゃないかなぁ。

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