先日、東博の特別展「チェスター・ビーティー絵巻物コレクション」に滑り込みで行って来た。
ねらいは狩野山雪筆の「長恨歌絵巻」です。
現世と常世を隔てる茫漠たる霞の中に、細密に描かれた極彩色の蓬萊宮の見事さは、さすが絵巻物の至宝というほかありませんでした。













この絵巻の原典は唐の玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を描いた白居易の『長恨歌』、能「楊貴妃」もまた、この叙事詩をもとに生まれた作品です。
玄宗皇帝は、絶世の美女・楊貴妃を寵愛するあまり政を顧みず、やがて安史の乱を招きます。
しかし、楊貴妃自身が玄宗をそそのかし、国を乱れさせたというわけではありません。
音楽や舞に優れた教養豊かな女性であった楊貴妃は、その才覚と美貌によって玄宗の深い寵愛を受けました。
とりわけ名高いのが、玄宗が彼女のために作らせたと伝わる舞楽・霓裳羽衣の曲です。
仙女の羽衣を思わせるその優雅な曲に合わせて舞う楊貴妃の姿は、『長恨歌』が描く、二人が愛を育んだ幸福な日々の象徴となりました。

しかし、その栄華も愛の日々も突如として破られます。
都落ちの途中、馬嵬坡で反乱を起こした兵たちは楊貴妃の死を求め、皇帝は涙ながらに愛妃の処刑を命じます。
何を見てもその姿を思い出し、失意の日々を送る玄宗皇帝は、道教の方士に命じて楊貴妃の魂を捜させます。
天地の果てを探しあぐねた方士は海を渡り、現世と常世を隔てる霞の彼方に浮かぶ蓬萊へ辿り着き、ついに対面します。
物語では、楊貴妃とは仙女であり、仮に人の世へ生まれたものの、人間界での死とともに再び蓬萊へ帰ったとされます。
煌びやかな蓬莱宮の帳の向こうから現れたのは、『梨花一枝春帯雨』と詠まれた、儚くも美しく涙に暮れる楊貴妃でした。
もはや人の世の女性ではなく、仙界に帰った身でありながら、その胸にはなお玄宗への変わらぬ恋慕が残されています。
彼女は方士に皇帝へ形見の簪と、七夕の夜に交わした「天に在らば願わくは比翼の鳥とならん、地に在らば願わくは連理の枝とならん」という誓いの言葉を託し、遠く離れた皇帝を思いながら舞います。
それは、かつて驪山宮で玄宗皇帝のために舞った霓裳羽衣の曲でした。
舞楽は果て、方士は現世に帰って行くと、楊貴妃はひとり蓬莱宮に残され涙に沈むのでした。

能が描くのは、この蓬莱宮での方士との対面と別れの場面です。
作者は金春禅竹。
世阿弥の娘婿であり、その芸論を最も深く受け継ぎながら、能に神秘性と秘めやかなエロスを求めた天才です。
その独特の世界観はこの曲の構造にもよく表れています。
多くの夢幻能では、旅の僧が亡霊と出会い、その霊は在りし日の執心を語り、供養を受けて再び死者の世界へ帰っていきます。
つまり、異界の者が束の間この世へ姿を現す物語です。
ところが「楊貴妃」ではその構図が反転していて、現世に生きる方士が、自ら現世の境を越え、蓬萊宮という異界へ赴く。
そして最後は、生者である方士だけが現世へ帰り、楊貴妃は永遠の異界に留まるのです。
生者が死者を訪ね、死者を残して帰る。
そこにあるのは、能の定型化された救済でも成仏でもありません。

方士を遣わした玄宗皇帝もやがて世を去り、ただ、手を触れることの出来ない彼方に、誰にも顧みられることのない絶世の美女だけが、恋慕を抱いたまま永遠に取り残される。
長恨歌絵巻に描かれる、分厚い霞の茫漠を思ったとき、その孤独の深さは計り知れません。
師匠は、かつて「楊貴妃とは、美の絶対性である」と仰いました。
雪月花と愛でられるように、我が国の美は仮初なるものに宿ります。
常にそこにあり、時代によって移り変わらない美の絶対性を思うとき、どうしても大陸の悠久をイメージせねばならず、それこそが有史以来、日本人が待ち続けてきた憧れの正体なのだと思います。
その大陸文化の精髄とも言うべき、盛唐の時代が刻印したのが、楊貴妃という永遠の美です。
『長恨歌』によって、楊貴妃とはひとりの歴史上の人物であることを超えて、常世にあって、永遠なる美を象徴する存在となりました。
人の世が続く限り、方士の通信が途絶えてからの永遠に近い時を、ただひとり蓬萊に在り続ける絶対の美。
博物館の厳重な収蔵庫の奥深くに仕舞い込まれて、決して展示されることのない曜変天目のように。

楊貴妃を演じるなど、何とも不遜なことです。






第一回  希の会」

解説 高橋悠介(慶応義塾大学 斯道文庫教授)

能「楊貴妃」
 楊貴妃 川口晃平
 方士 御厨誠吾
 蓬莱の住人 山本則重
 笛 松田弘之
 小鼓 飯田清一
 大鼓 亀井広忠
 地謡 観世喜正 ほか

〔チケット(令和8年5月18日発売)〕
カンフェティチケットセンター
050-3092-0051(平日10:00~17:00)
http://confetti-web.com/@/marenokai

・自由B席 4500円 ・ 学生券(自由席) 2000円
8月は師匠カレンダーも楊貴妃でした。



希の会の「希(まれ)」はギリシアの漢訳「希臘」の一文字を取っています。
師匠の父君・先代梅若六郎師は海外嫌いで有名でした。
そんな先代が若き日の師匠に、唯一もう一度行ってみたいと語ったのがギリシアでした。
戦後、まだ珍しかった海外公演、ギリシアのアテネフェスティバルにて先代は能を舞いました。
その言葉が心に残っていた師匠は、内弟子の頃からよくよくギリシアに行ってみたいと仰ってました。
それが叶ったのが2010年、先代の舞台を十代、二十代で観た世代がフェスティバルのプロデューサー格になっていて、招聘があったのでした。
会場は先代も舞った2世紀築造の円形劇場イロド・アティコス音楽堂。
アテネのアクロポリスふもとにあり、頭上にはパルテノン神殿が聳えています。



演目は玄裝三蔵法師の経典を求めた天竺への旅をテーマにした、「大般若」でした。
演劇発祥の地へ日本の古典芸能を伝える旅と、いにしえの東西文化交流を重ね合わせた選曲です。
「大般若」は西遊記の沙悟浄のモデル・深沙大王を主人公としていて、僕は眷属である龍神を勤めましたが、能面の小さな穴から振り仰いだアクロポリスの上に、ライトアップされたパルテノンが見守っていました。
昼は信仰の香気の失せ果てた廃墟でしかなかった神殿に、間違いなくアテナ神は降りてました。
あのとき、僕は本物のギリシアに会った気がしました。





師匠のアテネ公演をご覧になっていたギリシア人演出家ミハイル・マルマリノス氏は、その後、ホメロスの『オデュッセイア』を新作能として創りたいと師匠に申し出られました。
「人と死者、精霊や神々が行き交う世界は、西洋近代演劇ではどうしても描けない。世界中を見回しても、ホメロスを舞台にできる芸能は能しかない。」
そう語るマルマリノス氏の言葉に、元々ギリシアとホメロス好きだった僕は、横から勝手に盛り上がりながら(笑)、制作にも深く関わらせていただきました。
そうして2015年、医学の聖地エピダウロスの二千四百年前の巨大円形劇場で、新作能「ネキア(冥府行)」は上演されます。







稽古で来日したマルマリノス氏は、ギリシア語で書かれた分厚い能の本を持ち歩いていました。
ふと見ると、「楊貴妃」のページだけ付箋だらけです。
理由を尋ねると、若い頃に日本で観た「楊貴妃」が忘れられないのだと言います。
あの舞台の美しさ、その表現の深さ。
「いつか楊貴妃を題材に作品を創りたい。」
その話は何年も前から聞いていました。
そして今回、その構想がいよいよ動き出しました。
来年のアテネ・フェスティバルで、「楊貴妃」をテーマにした新作を創るので協力してほしいという連絡をいただいたのです。
出演は、あのミハイル・バリシニコフ氏。
能にインスパイアされた、極度にシンプルな舞台を考えているとのことでした。
もちろん二つ返事です。
ところが、一つ困ったことがありました。
実は僕自身、「楊貴妃」をまだ舞ったことがなかったのです。笑
だったら、これを機に自分の会を立ち上げよう。
そう思って始めたのが「希の会」です。
以前にも書きましたが、初めて師匠の舞台を観たのも七夕の日の「楊貴妃」でした。
あの日にかかった呪いが三十年。
まさかギリシアから、この曲を舞え?と言われる日が来るとは思ってもいませんでした。
この芸能に携わっていますと、希にこういうこともあるのです。
第一回  希の会」

解説 高橋悠介(慶応義塾大学 斯道文庫教授)

能「楊貴妃」
 楊貴妃 川口晃平
 方士 御厨誠吾
 蓬莱の住人 山本則重
 笛 松田弘之
 小鼓 飯田清一
 大鼓 亀井広忠
 地謡 観世喜正 ほか

〔チケット(令和8年5月18日発売)〕
カンフェティチケットセンター
050-3092-0051(平日10:00~17:00)
http://confetti-web.com/@/marenokai

・指定S席 7000円 ・指定A席 6000円
・自由B席 4500円 ・ 学生券(自由席) 2000円










能「楊貴妃」は僕の人生を狂わせた曲です。笑

子供のころ絵描きになろうと思っていた僕は、高校時代の終わりに一冊の本を手に取りました。
それが梅若六郎家の能面能装束展の図版で、能という芸能が持っている人間表現の深さ、美意識のレベルの高さに衝撃を受け、何としてもこの古い芸能に触れてみたくなり、美大に進み絵描きになるはずだった人生は途絶えてしまいました。
それからはとにかく古本屋で何時間も能関係の本を(立ち)読み漁り、自分の中に妄想の能を作り上げていましたが、様々な本の小さな舞台写真でも梅若六郎の姿だけが浮き出て見えておりました。
そんな能の妄想と想像上の梅若六郎で頭がいっぱいになっていた大学一年の七夕の日、ついに梅若六郎の舞台を見ることが叶いました。
当時チーマーの残党が屯していた渋谷の街を抜け、武家屋敷を思わせる豪邸街の坂の突き当たりにある、懐かしい松濤の観世能楽堂の受付で、緊張しながらも観世定期能の学生券を無事入手できた安堵を今でも覚えています。
お調べの時から、何か物凄いことが始まるという予感が見所には満ちていながら、こちらに緊張を強いる雰囲気ではなく、幕の隙間から何か魔法的に豊かで静かな興奮が流れ出ているのを感じました。

さて、紅い引き回しをかけられた楊貴妃の宮殿が運び出され、能が始まります。
あんなに待ちに待った舞台であったにも関わらず、ワキの方士の道行ですでに意識が遠のいていた僕は、鬘帯の帳の奥から聞こえてきた梅若六郎の第一声で、魂ごと仙界に飛ばされてしまいました。
写真集が擦り切れるほど見た、逆髪の面、白地扇面流し模様大口に、赤地火焔太鼓の唐織を壺折りした楊貴妃の、空間に色彩を滲ませながら余韻を引く妖しい姿と、面の白さに際立つ赤い唇から漏れ出る蓬莱の溜息に幻惑されて、恐らく八割がたは意識を失っていたと思います。笑
そんな現の視界とも夢の中ともつかない、能独特の流れに同化してしまい、その中心で渦を作り出す梅若六郎に呪縛された時間も過ぎて、現世へ帰り行く方士を見送った楊貴妃が、ひとり蓬莱宮に打ち伏すとお囃子も地謡も止んで、あんなに花開いていた世界は角砂糖が溶けるように、何一つ痕跡を残さず消えてしまいました。
目の網で舞台空間から楊貴妃のかけらを浚い取ろうとしましたが、さっきまで確かにそこに煌めいていた金糸の残像が、何の実体も帯びずに僕の中に漂うのみでした。

鼻息荒く表現者になるつもりで生きていた僕は、同時代にこれ以上の表現には出会えないだろう、とんでもない物を見てしまったというショックに酔いしれながら、チーマーの古巣を歩いた七夕の宵をいまでも覚えています。

あの日、梅若六郎の「楊貴妃」にかけられた呪いは、三十年経った今も解けていません。

今回、その「楊貴妃」を、旧暦の七夕に初演させていただきます。

第一回  希の会」

解説 高橋悠介(慶応義塾大学 斯道文庫教授)

能「楊貴妃」
 楊貴妃 川口晃平
 方士 御厨誠吾
 蓬莱の住人 山本則重
 笛 松田弘之
 小鼓 飯田清一
 大鼓 亀井広忠
 地謡 観世喜正 ほか

〔チケット(令和8年5月18日発売)〕
カンフェティチケットセンター
050-3092-0051(平日10:00~17:00)
http://confetti-web.com/@/marenokai

・指定S席 7000円 ・指定A席 6000円
・自由B席 4500円 ・ 学生券(自由席) 2000円

〔お問い合わせ〕
希の会
070-6422-1532
marenokai50@gmail.com




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