愛しの♥ばばちゃま

愛しの♥ばばちゃま

おばあちゃん大好きだった私が、彼女の望みを叶えるために看護師になり、そして行き着いたのが老人看護、認知症の人達の心のケアでした。

精神病院への入院
まだ正気な側面もある母にとってこれはとても屈辱的なことだったと思う。


毎日毎日知り合いへスマホで電話をかけ、 自分の状況を訴え、ここから出して欲しい、お金を貸してほしいと訴え続けていたようだった。


同情する人もいたことだろう。

なんて酷い子供だと恨み言を話してもいただろう悲しい


私の長男や甥からも私に電話が来た。

ばあちゃんが泣きながら出してくれって言ってる、どうにかならないのかと。


どうにかしてあげたいと一番に思い悩んでいたのは他でもなく娘である私。


今まで愛し守ってくれた母を、精神病院に入れてしまった。でもそれは致し方ない、苦渋の選択だったこと。

それぞれに謝り理解をしてもらった。


母の卓上のカレンダーにその当時のことがメモ的に走り書きで書いてあった。


娘憎し


胸が締め付けられ苦しくなったえーん


それでも面会には行った。父と私と二人で顔を出した。その度に私たちに罵声を浴びせ怒鳴り散らし挙句「私の通帳と金返せ‼️」と父のショルダーバックを奪い取った。

駆けつけた職員3人に取り押さえられなだめられバックは返してもらったカバン


そのとき一緒に面会に来ていた私の娘はあまりの騒動に泣き出してしまったえーん


私は背中を擦りながら「あれが認知症なんだよ」と娘に伝えた。哀れだった。



後になりこのことを娘はこう話してくれた。

「泣いたのはばあちゃんのことじゃない。私にはママがいる。でもママにはもうお母さんがいない。そう思ったら泣けてきた。」


そうだったのかえーん


でも実際目の前には母がいる。

鬼のような形相に変身してしまっても私の母には変わりない。



遠くに住む息子は

「もう子供と一緒なんだから。そう思って付き合わないと」と悟される。


そうは言っても現実を受け止めるのに心が折れ、いちいち時間がかかる。

致し方なしガーン



職員さんに迷惑をかけてしまうので、面会はそれ以来行かなくなった。行けなくなったと言った方が正解だろう。

どうしているかな?気にしながら日々過ごしていた。



そして5ヶ月がすぎた9月の土曜日、精神病院から電話が入った☎☏


お母さんがラジオ体操中尻もちをつき、足を嫌がっている、すぐ来て欲しい。


出かけていたがすぐ引き返した。

父にも連絡をし、搬送先の病院まで車を走らせた🚗³₃


救急車が捕まらず、民間の介護タクシーを使って母はちょうど私たちと同時刻に病院に着いた。

ストレッチーに乗せられた母を見た。2ヶ月ぶりの母は、白髪が増え髪も伸び放題、少し痩せてしまっていた。

化粧もせずを一気に老け込んだようだった。