
あ、どうも今晩は。
今回は、最近買った中から、ちょうど今聴いていてあまりの素晴らしさに、
他に予定していたネタを先送りにしてまでも紹介したくなった1曲を紹介します。
・・・って、そんな内情はどうでもいいですね。
つう事で、そのミュージシャンが、今は亡き、元デッド・ボーイズのSTIV BATORS (スティヴ・ベーターズ) でございます。
上の写真の左端のグラサン(死語?)の似合う、ちょっと見ジョニー・サンダースっぽい、典型的なパンクス顔と言うか、ロック顔のようで、よく見ると、故・三木のり平(桃屋のCMの眼鏡の人)にも似ていると言う、イカした男です。
どうでも良いが、スティヴもジョニーものり平も、全員、故人ですね。(R.I.P.)
知らない人の為に、一応説明しとくと、デッド・ボーイズと言うのは、アメリカはオハイオ州クリーブランド出身のバンドで、『 アメリカのセックス・ピストルズ 』なんて呼ばれた危険なバンドです。
では、そんな若き日の、のり平の・・・もとい、ベーターズ氏の、荒くれっぷりをご覧下さい。
" SONIC REDUCER " DEAD BOYS (1977)

う~む、かっこ良し。
それしか言う事が無い。
メンバー全員の、『 イっちゃってる顔 』が、すごいですね。
で、この頃の過激なノリも良いのだが、今回紹介するのは、スティヴ氏のソロ時代の曲なのです。
初めて彼のソロの曲を聴いた時は、いい意味でぶったまげました。
バンド時代と、ある意味で180度違う、メロディアスでロマンティックでセンチメンタルな世界観。
彼の声も、まるで 『 泣いている 』 ように聴こえました。
その初めて聴いた曲は、You Tubeに音源が無かったので紹介できません。
自分でアップしようと思って、音源をPCに取り込んだのだが、そっから『 Windows Movie Maker 』 ってのを使って動画を作成しようとしたら、「デジタル著作権によって保護されています」・・・とかいう事で、画像は取り込めても音源は取り込めませんでした。
・・・・・・。
なんじゃそれ?
勿論、著作権ってのは解るが、「じゃあ、どないしたらええねん・・・。」っつう話だ。
You Tube なんかでも、ある日突然、動画が削除されている事がよくあるが、でもそれってどうなんですかね?
レコード会社がいつまで経ってもリリースしないから、一般のファンがしびれを切らして、そういったメディアを使って世の中に知られていない素晴らしい音楽を紹介している訳で、普段はほったらかしにしている音楽を、
都合のいい時だけ、「著作権が・・・」「権利関係が・・・」、なんて言ってるようにも思えます。
別に、それによって色んな音楽が紹介されたり、発見されて、
最終的にはCDの売り上げに繋がっていけばいいんじゃないですかね。
はっきり言って、You Tube のようなメディアは、『 あって然るべき 』 『 出るべくして出た 』 ものだと俺は思うし、基本的には 『 純粋に音楽を探求できる場 』 として、とても有意義な場であると思います。
そこで、権利関係がどうのこうのとか、つまらない横槍を入れるのは余計な気がします。
はっきり言って、音楽の事を何も解っちゃいない、主観だけで書かれた、
音楽ライターの全く参考にならない文章だけのつまらん音楽雑誌よりは、はるかに有効活用できます。
そんな文章など、俺でも書ける。
大体、そんな事言い出したら、You Tube にある動画なんて、ほとんどがNGちゃうの?
どっからどこまでが 『 あり 』 なのか、その基準がまったく解りません。
ちょっと愚痴ばっかになってしまったので、この辺にします。
基本的に神経質な人間ゆえ、自分の納得いくblogを書きたい訳で、何となく煮えきらぬままで記事をアップするのが本来は忍びないのですが、そんな事も言ってられないので更新しました。
まあ、読んでくれている方にはそんな事関係のない話で恐縮ですが、
今回の記事は本来やろうと思っていた事とは、若干違う・・・と言うフォローを入れておきます。
訳解らんですね・・・失礼しました。
それはともかく、今回は、STIV BATORS です。
話が脱線しまくりましたが、今回はとにかくこの曲を紹介したかったのです。
そこに至るまでの 『 過程 』 を、音源が無い事により書けない事が、
何となく自分の中で歯がゆかった訳です。
ただそれだけです・・・早く曲行けって?
ごもっともです。
" NOT THAT WAY ANYMORE (もうコリゴリだ) " STIV BATORS (1979)
実際は、こんな邦題は付いていない・・・と言うか、リアルタイムで日本では紹介されていないのですが、
ライナーノーツに書いてあったのがいい感じだったので、引用しました。
しかし、何ていい曲なんだ。
なんつうか、男にしか解らない 『 思春期の切なさ 』 みたいな曲だ。
パンク・ロックをやってた奴が、サラッとこんな曲を創れてしまうなんて・・・天才だ。
バンド時代は意図的にこういう曲調を避けていたようで、ソロ活動するに当たって、本来の彼のルーツである、
60年代のポップスやビート・バンドやガレージ・パンク・・・と言った音楽からの影響を素直に出したと言う事みたいです。
デッド・ボーイズ時代は、とにかく過激なパフォーマンスを求められた訳ですが、
本来彼が持っていた資質は、単なるパンク・ロッカーの枠に収まるものではなかったと言う事ですね。
彼は、純粋に 『 才能あるシンガー 』 として、認められたかったようです。
このエピソードを読んで、僕は彼にとても親近感が持てました。
そして、もうひとつとても感銘を受けた話を引用しよう。
これは、 スティヴが所属していた 『 BOMP レーベル 』 の主催者で、今は亡きグレッグ・ショウと言う人の発言である。
「スティヴから学んだ事の中でも特に驚いたのが、アーティストというのは、創造プロセスを鼓舞するために、あえて自身の幸福を破壊できるという事だ。スティヴは、傷を負った時にこそ最高のものが書けると断言していた。それで曲を書く必要に迫られると、その時々の恋人との関係にひびを入れた。・・・以下省略」
『 傷を負った時にこそ最高のものが書ける 』・・・・・・俺はミュージシャンではないが、この言葉はとても共感できた。
何故ならば、音楽を聴く側も、落ち込んでいる時や幸福に餓えている時の方が、素晴らしい音楽を欲するからだ。
自我に目覚めてから約20年・・・他の事にはすぐ飽きるが、音楽に関してはまったく飽きる事がない俺は、
いまだ『 真の幸福 』には出会ってないのかも知れない。
ちなみに、この曲はB面の曲で、A面の曲も紹介したかったのだが、例によって音源がアップされていないので、オリジナルの方を紹介して締めたいと思います。
この曲は、同郷クリーブランドの THE CHOIR (ザ・クワイア) と言うバンドの曲で、このバンドは、
彼の 『 心のヒーロー 』 であるエリック・カルメンと言う人が後に加入して、ラズベリーズと言うバンドになるのである。
" IT'S COLD OUTSIDE (冷たい初恋)" THE CHOIR (1967)
