私、ずっとそこはかとなく
孤独感を感じて生きてました。
たぶん誰もが
そんな気持ちを持っていて
それでも折り合って
上手く生きていっているんだろう
と思っていました。
でもたまに
学生時代からの友達と毎年会ってる
このまえ前職の同期と飲んでて
会ったらすぐあの時に戻れる
〇年来の腐れ縁で
学生時代からの私を
ずっと知ってくれてる子が
とかを耳にすると
ずっと繋がれている関係って
羨ましいなぁって
私にもそんな人がほしいなぁ
でも、みんなバラバラのところに住んでるし
学生時代の友人に連絡とっても
「急に何!?」ってなるやろうし、
それぞれの今の人間関係があるし
心理学の講座の同期も
講座期間が終わったら
繋がり続けられるんだろうか。
こうやって関係も移り行くよね・・・
諸行無常、 会者定離
なんて感じてました。
夫婦関係ですら、
いつシングルになってもおかしくない
(離婚だけでなく、いろんな原因で)
という前提で生きていました。
心理学を学び始めてから
私のこの考え方は
何が源だろう?と
ずっとテーマで
幼少期から今までの自分と
生きてきた環境を振り返ったり
このビリーフを解除する方法を
自分なりにいっぱい試しました。
昨日、基礎コースからスタートして
1年7か月。
プロコースの最終講座でした。
その講座で同期の前で
私にまとわりつく孤独感を
初めて言葉にしました。
言葉にすると
同じ考えの人はやっぱりねと
もっと離れていくだろうし、
人とつながるのが得意な人も
めがちゃんってそういう考えの人だったのね、幻滅!
って私から離れていくだろうなって
すごく怖いなって思っていました。
でも、ここで言葉にすることが
自分を愛し、
そんな自分を作っただろう環境を許して
次に進むための一歩になると信じ、
テーブルディスカッションで伝えました。
予想もしていなかった
優しいまなざしで受け入れてもらえ、
さらには全員の前で
伝えるチャンスも頂きました。
元々つながっていたのに
その関係が終わると同時に
扉を閉じてきた自分に
大丈夫、閉じてもまた開けて良いんだ
生れてはじめて心の奥底から
そう思えました。
こんなことで例に書くのは
天照大御神に大変失礼なのですが、
天岩戸にお隠れになりながらも
外の賑やかな神々の様子に
様子を覗かれた天照大御神ですが、
昨日のあの瞬間までの私は
賑やかな様子を尻目に
どうせ私なんて
誰も仲間に入れてくれないと
岩戸の中でいじけまくってました。
私がいないと世界が困るわけでもないし、
私がいるからと言って
太陽が出ているなんて
凄い存在ではないけれど、
それでも覗いて、
仲間に入りたいと意思表示をしたら、
手を差し伸べてくれる人がいて
その手を取ってもいいんだよと
自分に許可が出せた日でした。
今も私の周りにいてくれている人
一緒の学校や会社や組織にいないし、
会ってないけれど
SNSでコメントをくれる人
道で会ったら声を掛けてくる人
今までだってたくさんの人と
繋がったままでいられてたんやん
そう思えて、涙が止まらなくなりました。
1月23日の最後の講座は
1,2,3ジャンプ!と
飛べるように
この日になっていたのかもしれない。
今まで勝手にイジケて
孤独だと思い込んで拗ねてました。
ごめんなさい!
そして、ありがとう!!


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