昨日帰宅して入浴中に、娘に聞いてみた。

「今日は楽しかったね!何したっけ?」


すると娘が答える。「あのね、ひいちゃんね、公園で遊んだ」


えっ?お茶会をすっ飛ばしたな。

「他には?」

「あのね、公園でお姉さんに遊んで貰った」


「で、他には?」


「あのね、遠くに行った」

「まだあるよね?」


「う~ん…」


お茶会は思い出せないようだ。あんなに楽しそうにしていたのに…


逆に、他に何があったか教えて、と言われたので話すと


「あ~!そうだった~」と、やっと思い出してくれた。


ガクッ☆


だが、こんな風に、いつも「サラっと」言ってのける娘が好きだ。


イヤな事があっても、サラっとしてる


楽しかった事も、軽く忘れる。


心が身軽で、いつも今を生きてる


私だったらこうは行かない。


いつまでも気に病んだり、


いつまでも懐かしがったり、


思いがいつまでも残ってて、心の底に沈澱している


でも、私だけじゃなかった。


昨日、同級生が私にふいに言ったのだ。


「ゴメンね、私。お母さんのお葬式に行けなくて。今でも薄情だったな~って思ってるの」


ビックリしちゃった。


実はね、「薄情だな~」って思ってたんだよね、アタシ。


その頃、とても親しくしていた彼女だったから、母が亡くなった時も1番に連絡したが、彼女は電話口でこう言った。

「それは…(お気の毒に)、でも私行けそうにない(時間がなくて)」


え?と思ったが、確かに彼女はその頃、脳梗塞で倒れたお父様が入院されてて大変な時期だった。


だから、来てくれなくても勿論構わないし、それよりも他の友人達に彼女から知らせてくれたら助かるな、と期待していた(頼む気力はなかった)


これ以上、誰かと連絡を取るのが難しいほど、取り乱していたからだ。


だが結局、誰にも伝わらず、通夜の席で心細くしていると…


辞めて一年以上も経つ会社の同僚が、仕事を終えて遠くから駆け付けてくれた。


ビックリして聞くと、「こういう連絡は早いのよ!」と。


父親の関係から伝わったらしいが、来られない人の分までお香典を集めて来てくれたのだ。


そんなに親しくしてた訳ではない。


だが17年同じ会社で働けば、家族より一緒にいる時間が長いので、「義理」を越えた関係になっていたのかな。



とにかく仕事の場ではとてもシビアな人達が、こんな時にはとても温かくて感激しました。


それにひきかえ…って、その時思っちゃったの。


友達って何だったんだろうって。


心を割って付き合って来たのに…って。



それで、何となく彼女とはそれっきりになってて


でも、10年以上も経つとそんな事も忘れて、私の方から懐かしくなって連絡して会ったのだけど、


彼女の「ゴメンね」を聞いて、実は忘れてなかった事を思い出したり、


そんな風に思ってくれてたなんて知らずに、勝手に「こんな人だったんだ」と決めつけていた心の狭さを反省しました。


結局、私も自分の事しか考えてなかったと、恥ずかしくなった。


私の中の彼女に対する氷が溶けて


彼女も私に伝えた事でホッとしてくれたみたいで


ずっとすれ違っていた友達関係が、気持ちよく復活出来て、別れ際はお互いに晴れやかでした。


今思えば、たとえ残念だったにしても、


相手の行動をそこまで重く受けとめて、人格云々まで問うなんて


つくづく愚かだったし、


非常の時でも、心にゆとりが持てるようにしたいと感じました。



これからは、子供の「軽さ」を見習って、人と付き合って行きたいと考えています☆