今日、マチャアキのテレビを観ました



世界のどこかに行って、その地に足りない物を作ったり



教えたりして、暮らしを豊かにする手伝いをするような番組。



いやぁ~、今日の水車職人 野瀬さん(57才)が


かっこよかったよーーーー



タイの村に行くんですけどね、その村では


まだ夜が明けないうちから、


小さな子どもが2時間かけておコメを毎日毎日、脱穀するんです。


(シーソーのような重い木の棒を踏んで、臼のおコメを脱穀する)


脱穀しないとその日のご飯がないのです。


「重くて大変だね」と問うと


「足が痛いけど、やらないとご飯が食べられないから」


と小さな女の子が笑顔で答えます。






野瀬さんは、その村におコメを脱穀する為の水車を作りにいくのですが


この人、日本に10人もいない水車職人。


機械に頼ることなく、すべて手作業で寸分の狂いもなく


水車の部品を作り上げていきます

(これが、すっごいの!釘も使わないの!)


足りないものがあれば、すべて自分の手で作り出すのです。




必要不可欠な長いノミが折れてしまえば、


短いノミの柄を取り外して長い枝で柄をつくり、ノミを差し込む。




同じ厚みの板がなく、水車のバランスが取れない事がわかると


石や材木で、お手製のハカリを作り、全て均等なパーツを作り出す。




村に電気が通っていないので、水車の力で発電機を作る。




鉄の輪が小さすぎて木の芯にはまらなければ、


鉄を燃やして膨張させ


芯にはめ込んでから水をかけて冷やし、ピチッとはめ込む。





子どもの時に読んだ、「十五少年漂流記」を思い出しました。



次は何ができるんだろう??とワクワクドキドキ・・・






野瀬さん、


腰が曲がったおばーちゃんもひっくり返るほどすごい人なのに、


とってもとってもとっても、やさしい空気を持っているんです。




アシスタントとして着いて行った若手芸能人の男の子にも


上でも、下でもなく、人として自然に会話するこのおじさんに


一目ぼれ。


水車が出来たのも村のみんなが、がんばったから。


と当たり前のように言うんです。


(しゃべり口調は立松和平風)




この人は、人間関係の煩わしさなんてないのだろうな、と思った。


偉ぶって人の上に立っていれば、自分は悩まないかも知れないが


多くの下に踏みつけている人たちを、知らずに苦しめている。


肩書きが社長だろうが、なんだろうが、そんな人はウンコだと思う。


へりくだって、強いものに媚びれば他の人からの信用を失う。


現代の社会では、人間関係に縛り付けられて


どうにも動けなくなっている人たちが多い中、


このおじさんは、そんなものを超越していた。


その、あまりにも自然な姿に何故だかじんわり涙がでてきた。




他にはない、すごい技術を持ちながら、


驕ることなくただ、必要な場所に水車を作り続けている。


野瀬さんが作ってあげた竹馬に乗って遊ぶ子どもたちを


彼はなんともいえない優しい視線で見ていた。



野瀬さんが帰国後の、その村の映像が映っていました。


子どもたちは毎朝の2時間の脱穀から開放され、


自分たちで作った竹馬で遊んでいました。




そして、水車の場所には小屋が建てられ


村の人たちが作った「野瀬精米所」という看板がかかっており、


子どもたちは「のせ」という文字を覚え何度も何度も書いていました。


野瀬さんはこの村でずっと語り継がれるんだろうなぁ。


何百年か経って野瀬さんが水車を作ったという記憶が


うすれても、水車を作る技術が語りつがれていくのだろうなぁ。


この村の未来、動いたね。



野瀬さんが来なかった場合の未来と、来た時の未来。


鳥肌立ちます。