「未来」への期待。

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皆さま。


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いいね!やコメントを下さった方、
本当にありがとうございます🙇✨



日中、暖かくなり、春の訪れを感じます🌸
暖かさと、花粉症の薬の副作用で、
いつも以上に頭がボーッとして、
使い物にならないmegです😅💦



今日は。
昨日の話のつづきと、
話に関連したお話をしたいと思います☝






娘を出産したばかりの頃の日記を読み返して、
ひとつ大きな変化に気づきました。




それは、
私の「未来」への期待感。





旦那の浮気やモラハラ。
ソラの病気、障がい。




結婚してから、
大きな波のうねりに巻き込まれたように、
ただ、その時を耐えしのぐ。




そんな毎日の連続だった。




先日の投稿のコメントで、
「megさんは全て他人軸…」という言葉を言って下さった方がいました。





本当にそうだったんだと
今さらながらに、感じました。




旦那のこと。
父母のこと。
義父母のこと。
トモのこと。
ソラのこと。






私は、自分はどうしたいか…を考えて動いていない。
子どものため。
父母のため。




きっと、それが一番いいと信じて疑わず、
自己犠牲を自己犠牲と感じず、
(実は、これは、未だに悩んでいることです💧)
「家族のため」としか考えていなかった。
(↑決して、悪いことではないですけどね😂)




特に。
ソラが倒れた後は、
自分のことは何も考えられなかった。
何も考えない処か、
「生きる希望」をすっかり失っていたのだ。





トモがそうであったように、
いや、それ以上に、
私は、いつも「死ぬこと」を考えていた。
その方が自然だった。





トモがいることで何とか「今」を生きていたが、
旦那の裏切りでゴタゴタしているときも、
心のどこかでは、
「ソラと一緒に……」という想いに駆られていた。




(酷い話ですよね。
本当に、今、思い返すと、情けないです💧)





そんな時の妊娠、出産。
「命を育み」「命を生み出した」ことで、
知らず知らずの間に、
私の中で、「生きていく希望」が芽生えていた。




日記にこう書いています。




「明日はなにしよう。
あさっては、なにしよう。

今まで考えられなかった『明日』のことが、
今、考えられるようになった。


生きていってもいいのかな?


「希望」を持ってもいいのかな?」





ソラを健康に生んであげられなかった自責の念が、
日に日に大きくなり、
私は、
「自分が楽しむこと」や「楽すること」は
してはいけないと強く思っていた。
(今でも、なかなか抜け出せませんが💦)






それが、
娘を抱っこする度に、
娘に授乳する度に、
娘が笑う度に、

少しずつ少しずつ、溶けていく感覚があった。





大袈裟ではなく、
娘は、私を救ってくれたのだと。
そう感じます。





そんな娘も、今では小学生になり、
立派に口答えもする、
ちょっと生意気な女の子になりました。笑




私なんかよりも強く、
無理難題を言うワガママな宇宙人(旦那)にも、
はっきり物を言うしっかりした女の子です。




娘を生んでよかった。


そして。


娘には、心から
「生まれてきてよかった。」と思えるように、
娘らしく、人生を歩んでいって欲しい。
そう思っています。