昨日帰ってきてから嘔吐。
お昼ご飯に食べたタコ焼き、デザートのアイスクリームが残念ながら流れてしまった。

今日はないなあと思っていたら、ついさっき、イチゴを食べた後で嘔吐した。
なんとなく不味いなあと思って食べた。
味覚が変わっているから、そのせいだと思う。
まさか腐ってないよね?
冷蔵庫に入っていたし。
味が分からないからなあ。

お昼にキムチ焼きうどんを作って食べた。
これも味が分からなかった。
ボヤッとした味に感じた。
キムチが辛くないし、紅生姜も辛くない。
めんつゆで味をつけたけど、味が薄い。
醤油をかけてもいまいち。
そんな風だから、イチゴの味も分からなかった。

枕元には洗面器を置いて寝る。
いつ、ムカってきてもいいように。
すぐに対応できるようにしておかないとトイレまでもたない。

あ~あ。
毎日吐いてしまうなあ。
仕方ないことだけど、やっぱり嫌だよ。
いくら慣れたとはいっても、吐くことは気持ち悪いし、精神的に参る。
体もしんどいよ~!


眠い。
この辺で。
昨日、退院した。
1月11日以来、3ヶ月、95日の入院だった。
まさかこんなに長くなるとは思わなかった。
あれよ、あれよという間に3ヶ月だよ。

金曜日の夕方から体調が悪く、ずっと寝ていた。
昨日もなかなか起きられず、朝起きて歯を磨いたら吐き気。
そのまま横になって寝ていた。
退院の支度がなかなかできない。
金曜日から少し進めては休み、の繰り返し。

看護師さんは、これでは退院できないって思ったんだろうね。
いつの間にか退院中止ということになっていた。
え~!退院するよ~!
友だちに迎えもお願いしてあるし。
昨日中止にしても、また同じことの繰り返し。
毎日のように吐き気や嘔吐はあるから、タイミングを逃すと、いつ退院できるか分からない。
ずるずると長引くだけ。
決めた日にしないと。

予定通り友だちにも来てもらって退院した。
帰る直前まで嘔吐は続いたけど仕方ない。
長くいた病棟、病室を離れるのは寂しい。
第2の我が家だからね。
土曜日で回診はないけど、ドクターが来てくれた。
前日には看護師長さんや事務の人まで挨拶に来てくれた。
寂しいけど、いつまでもいるわけにいかないからなあ。

帰りにヨシヅヤの名西店に寄った。
ショルダーバッグを買いに行った。
重いバッグを持つ体力がなくなったのと、尿パックを持つので手がふさがる。
だから、軽い斜めがけできるショルダーバッグを使おうと思った。
とにかく軽いもの。
ゆっくり探す体力がないので、バッグ売場に直行。
ない!諦めた。

すぐにお昼ご飯を食べにフードコートに。
フードコートの前の雑貨屋さんにバッグ発見。
合否の軽いホワイトのショルダーを見つけた。
値段も安い。
すぐに決定!
はい!目的は完了。

築地銀だこのたこ焼きがあったので食べた。
久しぶりの銀だこ。
パリパリの表面、とろとろの中身。
お行儀が悪いけど、腸閉塞の私は、消化の悪いタコを出して食べた。
生地の美味しさを味わう。
ごちそうさま。
1人前8個を食べた。
帰ろうと思ったら、隣にアイスクリーム屋さん。
見ていると試食のスプーンを出してくれた。
みかんシャーベットとマンゴーヨーグルトを試食。
この2つがカップに入ってソフトクリームが乗って380円。
はい!ごちそうさま。
ここで限界!

家に帰って、やっぱりトイレに直行。
食べ過ぎかな。
嘔吐。
やっぱりアイスクリームは余分だったみたい。

ようやく帰ってきた我が家で夜まで眠る。
一度起きて顔を洗い歯を磨いたら、また眠る。
もちろん、尿パックの尿を排出することは忘れない。
今までは看護師さんが8時間おきに排出してくれたけど、これからは自分の仕事。
大きなパックを使っているから、1日に1~2回捨てれば大丈夫だ。毎日のこと、一生続けていく大事な仕事の一つ。
尿の量、色、不純物がないかを確認して捨てる。
異常があれば外来のときにドクターに報告する。

階段を昇るのがキツイので、1階の座敷で寝てもいいと言われたけど、自分の部屋でゆっくり眠る。
階段を昇ることもリハビリの一つだもんね。
さあ、美容院にはいつ行けるかな?
少しずつリハビリしていこう!
高校時代の同級生が私に会いたいと言ってたらしい。
来週くらいに体調良ければお茶でもしない?と。

お断りした。
絶対に無理。
っていうか、行きたくない。
行ける体力もない。

間に入って伝えてくれた友人は私の病気のことは知っている。
毎週のように病院に来てくれ、会っているから。
でも残念ながら、今の私の状態を100%分かっているわけではない。
だからわりと気楽に誘ってくれたんだと思う。

会いたいと言ってた同級生は、クラスが一度も一緒になったことはない。
たまたま同窓会の連絡をくれたときに1~2回話しただけ。
会って懐かしいとか、共通の話題があるわけではない。
たまたま二人が電話で話していて、私の話題が出て、会いたいと言ってただけだと思う。
その程度。

今の私、その程度の『会いたい』に答える余裕はない。
お茶する体力もない。
お茶するだけでも、前日、前々日から心と体の準備して、ようやく当日に出かけられるかどうかって感じ。
お茶することも今の私にはリハビリ。
気楽に「お茶しよう~」と出かけられない。

特にあまり面識のない人、初対面の人と会うだけの余裕はない。
職業柄、そのときはうまくできるけど、その後でダウンしたりするだろうね。
心も体も。

入院中に病院に来てくれる人には会えるけど、そうでない人にはなかなか会えない。
会いたくても会いにいけない。
よほど会いたい人にしか会いにいけない。
時間も体力も、限られたものしかない。

どうしても会いたかった、亡くなった友人のお母さんは三重県からわざわざ病院に来てくれた。
「津ギョウザの配達」と言って来てくれたけど、会うことの意味や重さが違う。
亡くなった友人は私よりずっと若く、乳がんと5年戦って亡くなった。
その闘病中、何度も病院にお見舞いに行ったし、退院したときは一緒に彼女の食べたいものを食べに行った。
奇跡的に神戸のルミナリエにも二人で行った。
クリスマスには二人で小さなパーティーをした。
彼女の家で、なんちゃってケーキを作り、鍋を作り、二人で食べきれなかった。
亡くなるまで、私に会いたいと言ってた彼女。
最後のホスピスにはとうとう行けなかった。
彼女の意識や体力も許してくれなかった。
お通夜のとき、妹さんが棺の中の彼女に「めぐさんが来てくれたよ」と声をかけた。

彼女が亡くなった後は、お墓参りのときにお母さんと会って彼女と胃ガンで亡くなった旦那の話をする。
私が同じ癌になって1番悲しみ心配してくれてるのは、家族以外では彼女たち夫婦とお母さんだろう。
2年前の手術の後も「来ちゃった」と言って病院に来てくれた。
涙が出るくらい、握った手を離せないくらい嬉しかった。


『会う』ってことは、今の私にとっては重いことなんだ。
限られた時間と体力の中、あとどれくらいの人と会えるのか、話せるのか分からない。
もう会えないままお別れする人も多いだろう。
っていうか、ほとんどの人には会えないままお別れすることになると思う。
だから、本当に会いたい人には会いたいし、会いたくない人に会う余計な時間は作りたくない。
申し訳ないけど、そんな余裕はない。

退院できるとはいっても、これからも輸血をしながら体力をキープして生きていかなくちゃいけない。
普通の人の数分の1の体力でようやく生きている状態。
今までの色んな治療で、もはや私の造血機能は疲労困憊、機能を果たせない状態になりつつある。
これからは、いかにして生きていくのか、常に体に耳を傾けていく。

がんという病気は、これで終わりっていうことがない。
亡くなるまで付き合っていかなくちゃいけないんだ。

間に入って伝えてくれた友人には悪いけど、正直に「会えない、会いたくない」と伝えた。
適当に断っておくねと言ってたけど、適当に断れる程度のことなんだ。
そういうお付き合いは残念ながら私にはできない。
時間が永遠にある、体力もある元気なときには、そんなこと考えもしなかった。
でもこれからの私は、違う。
残された時間と体力を有効に使わないと。
本当に会いたい人には会いに行く。
頑張って会えるようにリハビリする。
他のことをそっちのけにしても行く。
行けないときは会いにきてもらう。
わがままだけどね。