抽象と具体 | 自称すっごい大物のメモ

抽象と具体

僕は抽象的話が好き。

具体的話を集約したものだから。


具体的経験1→
具体的経験2→    抽象的真理
具体的経験3→
  ・
  ・
  ・


そして使い勝手がよい

      →具体的行動1
      →具体的行動2
抽象的真理→→具体的行動3
      →  ・
      →  ・
         ・


しかし、人に伝えるときは具体的発言に落とし込まなければ
伝わりづらい、というか伝わらない、よほど賢く、似たような価値観を持っていなければ

      →具体的発言1→不理解
      →具体的発言2→気づき
抽象的真理→→具体的発言3→理解
      →  ・
      →  ・
         ・


つまり具体のほうが重要ということ。
ただ、僕は面倒なので嫌いだがやらざるを得ない


ってこれ自体がそーとー抽象だけど
それは具体にするの面倒だし、自分のために書いているのだから抽象でよし。

また、似た価値観の人から奇跡的にコンタクトあれば、これは黄金なり。



でもちょっと具体にしたくなってきた。
でも多分これもわかりづらいが


人間の思考はそれぞれのコンピュータの言語で考えられている。

別にコンピュータじゃなくてもいいが、また自分はコンピュータ言語の知識はまったくないのでイメージで書くが、ある人はJAVAで考える。ある人はC言語で考える。
互換性がない。JAVAの人にC言語の規則でプログラムしても動作しない。
しかし、それぞれプログラムを動かすということに変わりはない。
書き方は違っても実際の動作は同じである。

そしてその動作を通じて翻訳することができる。

JAVAプログラミング→プログラム動作→C言語プログラムコード

実際の言語でもいえるかも。
ある人は日本語しか喋ることができない。
ある人は韓国語しか喋ることができない。

二人をつなぐのはジェスチャー。

日本語で「黙れ」と思う
→人差し指を立てて口にやり「シッー」
→韓国語で「黙れ」という意味を理解


英語もその役割できるかも。面倒なのでこれ以上は書かないが。