心理カウンセラー、教育カウンセラーの資格を持つ教師makko

心理カウンセラー、教育カウンセラーの資格を持つ教師makko

勇気付けの名人。自己肯定感を高める子育てと教育で、キラリと光るステキな子どもを育てましょう。折れない心を作ります。

言葉が人を造り人が言葉を創る。幸せは自分の心が決めるもの。過去と他人は変わらない。変わるのは自分と未来。私達は未来に向かい生きるのです。

小さな幸せを見つけました。

季節外れのシクラメン。まだまだたくさん蕾をつけています。

一方ハーブはといえば、

放っておいてこの状態。

ハーブは庭に植えるな。ということは本当のようです。

勝手に広がっていきます。

仲間を増やしていくのですね。虫が来なくて良いのですが。手入れは必要です。何もしないと、、、無限に広がりすぎるのです。学校も同じですね。

こんな日常の中で「小さな幸せ」を見つけることが大切です。


次は、ある空想上のお話、かな?


学校は、クラスを担任する先生と呼ばれる「教師」「教諭」音楽や図工等の芸術教科を教える「教師、教諭」


用務主事さん、事務の方々。


私のような、「カウンセラー、教師」の資格をもつけれど「〇〇さん」(頑なに「先生ではありません。先生ではないから、〇〇さんです。」)と言い放たれます。「教師、教諭」達から。差別感マックスです。

様々な人たちが混ざり合って、児童生徒を見守り、必要に応じて情報交換、対応策等を常に話し合ってきました。


何よりも、「児童生徒理解」から始まり、様々な角度からその子どもを見ていくことが大切です。


一方、資格のない人たち、〇〇支援員。その人たちは、「〇〇先生」と呼ばれます。変な感じです。時間で来て時間内のみ仕事?(立っているだけ?)をして帰ります。


私は、ここ数年学校の中の子どもから大人までよーく観てきていますが、日常の子どもたちのことや、行事に関すること等で話し合っている所を見たことがありません。


バラバラです。

よく話していることは、その人(先生)が気に入らない子どもや保護者のことです。あと、お菓子やテーマパーク、自分の家庭等のことです。


子どもたちの学習や困ったことなどには、興味が無いようです。

あっ!それとカウンセラーに任せています。


予防的、開発的な児童生徒対応や指導など皆無です。死語となりました。


それぞれが、小さなテリトリーの中で1日を終えています。家と学校の往復では、知識も技術も向上するわけありません。


変わってしまった学校の中で、子どもたちの「嬉しさ」「辛さ」「勉強が分かるようになりたい。」「向上心」という気持ちに寄り添いながら、ほそぼそと分かる大人たちと仕事をしていきたいと思います。