弱者のための規律を作って価値のない人間を他人からの恐怖や死から遠ざけることなど美しい理性ではない。


厳しい秩序を重んじ、自己犠牲の死と向き合える存在だけに価値があり、価値のある人間だけが生き残り、


生き残った人間だけに幸福を得る権利がある、というのは人間が本来持つ自然摂理である。


そして時代や環境に囚われることなくその自然摂理を保つことが、人間の持つべき美しい理性である。


それが実現できない限りあらゆる物事は理不尽だと言われ続ける。


実際に理不尽なのは、必要とされる必要すらなくなってしまった社会ただ一つだ。


今や社会では自らの努力によって生命を守ることや、他人をコントロールすることが反社会的になってしまった。


他人のコントロールはあまりにも平等に法律が行ってしまう。


『あまりには平等』とは、思想や身体能力、知性の高さに対して全く平等でなければならないという理念の下の平等のこと。


それによって遂に自分をコントロールするためだけに生きる人間がマジョリティになってしまった。


自分をコントロールするためだけの思想は必然的に私利私欲に支配されている。


私利私欲に生きていることが見透かされた時点で、他人はその人間を必要としない。


必要とされなければ必然的に幸福ではない。