ドキドキしながら、NHK杯の件、発表を待っています。
それにしても、今回の諸々でいろんなことが見えたな~。
一つは余計なお世話やく人が多いこと。
しかも、そういう人はそれを善意だと疑っていない。
まったくもって迷惑なのは、『悪意のない善意』なんだよね。
まだ、悪意のある悪意の方が面倒がない。
中国杯の件でマスコミはいろいろなお医者さんのところに意見を求めに行ったじゃない?
でもさ、現地で診断していない医者にどういう状況だったのか、脳震盪を起していたのかなんなのか、判断できるわけがない。
それをさも脳震盪を起していたように語るいい加減なお医者さんたち。
まあでもね、気持ちというか、立場はわかるよ。
あの場合、脳震盪を起していたかもしれないという可能性を基に語るしかないよね。
で、脳震盪を起していたとしたら出ない方が良かったと語る。
そして放送では出るべきでなかったという部分しか使われない。
しかし、結果を見ると脳震盪は起していなかった。
診断はちゃんとした。
咄嗟に2人とも受身を取って最大限の防御をしたらしい。
だから、ケガの具合はそこまでひどくなかった。
おそらく、右足首の捻挫はプログラムを滑ったからだけど←もともと、癖になっているので^^; それ以外は衝突時のケガ。(太股の肉離れは咄嗟にブレーキをかけた際の負荷っぽい)
派手な損傷の割には実際のケガはそこまでひどくなかった。
その結果を踏まえ、マスコミの取材を受けていたお医者さんたちがいかにいい加減なのか感じたよね。だってちゃんとVTRを確認すれば、脳震盪を起こしていた可能性が低いことを判断する材料はいくらでもあった。しかしそのお医者さんたちはマスコミに求められる答えを返した。
ぶっちゃけ、脳震盪を起していないのではないかと言うのが、責任を取るのが、嫌だったわけだよね。
いい加減なお医者さんだと、自分が責任を取りたくないから「脳震盪の可能性、あり」っていうことよくあるらしい。まあ、なしっていうより、ありって言う方が責任を問われないからね。それは慎重なのではなく、責任を取りたくない逃げなんだけどね。でも、そういう方があの人はいいお医者さんだと言われる可能性が高いのもまた事実。
今回のことで、いろいろ考えさせられたね。VTRを見て、判断できなければ取材を断ればいいと思うんだけどね。それをせず、まるで正しいようにいろいろ語ったお医者さんたちやコメンテーターたち。脳震盪がなかったとわかった今、あの時はすいません。脳震盪起していた可能性がありとして語ってしまいましたと一言あってもいいかなと思う。
別にお医者さんもコメンテーターも間違ってはいないよ。ただ、状況がはっきりしない中で自分の意見を正論のように語ったことに対する責任は取るべきだなと。
そういう責任が取れないなら、マスコミで語るべきではないよね。自分の意見なんて。
自分の意見を語るということはそこまで責任を取るべきことだと感じました。
それにしても、今回の諸々でいろんなことが見えたな~。
一つは余計なお世話やく人が多いこと。
しかも、そういう人はそれを善意だと疑っていない。
まったくもって迷惑なのは、『悪意のない善意』なんだよね。
まだ、悪意のある悪意の方が面倒がない。
中国杯の件でマスコミはいろいろなお医者さんのところに意見を求めに行ったじゃない?
でもさ、現地で診断していない医者にどういう状況だったのか、脳震盪を起していたのかなんなのか、判断できるわけがない。
それをさも脳震盪を起していたように語るいい加減なお医者さんたち。
まあでもね、気持ちというか、立場はわかるよ。
あの場合、脳震盪を起していたかもしれないという可能性を基に語るしかないよね。
で、脳震盪を起していたとしたら出ない方が良かったと語る。
そして放送では出るべきでなかったという部分しか使われない。
しかし、結果を見ると脳震盪は起していなかった。
診断はちゃんとした。
咄嗟に2人とも受身を取って最大限の防御をしたらしい。
だから、ケガの具合はそこまでひどくなかった。
おそらく、右足首の捻挫はプログラムを滑ったからだけど←もともと、癖になっているので^^; それ以外は衝突時のケガ。(太股の肉離れは咄嗟にブレーキをかけた際の負荷っぽい)
派手な損傷の割には実際のケガはそこまでひどくなかった。
その結果を踏まえ、マスコミの取材を受けていたお医者さんたちがいかにいい加減なのか感じたよね。だってちゃんとVTRを確認すれば、脳震盪を起こしていた可能性が低いことを判断する材料はいくらでもあった。しかしそのお医者さんたちはマスコミに求められる答えを返した。
ぶっちゃけ、脳震盪を起していないのではないかと言うのが、責任を取るのが、嫌だったわけだよね。
いい加減なお医者さんだと、自分が責任を取りたくないから「脳震盪の可能性、あり」っていうことよくあるらしい。まあ、なしっていうより、ありって言う方が責任を問われないからね。それは慎重なのではなく、責任を取りたくない逃げなんだけどね。でも、そういう方があの人はいいお医者さんだと言われる可能性が高いのもまた事実。
今回のことで、いろいろ考えさせられたね。VTRを見て、判断できなければ取材を断ればいいと思うんだけどね。それをせず、まるで正しいようにいろいろ語ったお医者さんたちやコメンテーターたち。脳震盪がなかったとわかった今、あの時はすいません。脳震盪起していた可能性がありとして語ってしまいましたと一言あってもいいかなと思う。
別にお医者さんもコメンテーターも間違ってはいないよ。ただ、状況がはっきりしない中で自分の意見を正論のように語ったことに対する責任は取るべきだなと。
そういう責任が取れないなら、マスコミで語るべきではないよね。自分の意見なんて。
自分の意見を語るということはそこまで責任を取るべきことだと感じました。