今回は回顧録として出産時の事を書いてみようと思う。


そんな訳で興味ない方はスルーしちゃってください。


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姫様が生まれた16年前…


思い出すなぁ…出産当時の事。


俺、出産に立ち会ったんだよなぁ…


あの日は色んな意味でブッ倒れそうだったわ!


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姫様が生まれた時、手放しで喜べる状況ではなかった…


まず…


うちは出生前に男女の事は聞かなかったんだよね。


俺も奥さんも元気で生まれてきてくれるなら男の子でも女の子でもどっちでもいい!と思ってたから…


まーそこは楽しみにとっておこうと言うのもあった。


でもね、俺はわかってたんですよ!


男の子だろうな…って♪笑


先生から聞いた訳でもなく、ただ何となく男の子だと思ってたんですよね。


うん、そこは疑いもしなかったな…


それには俺なりの理由があったんですよ。


妊娠がわかって奥さんのお腹が大きくなればなるほど夢を見るようになったんですよね。


その夢の中で中学か高校生くらいの男の子と俺がキャッチボールしてるんですよね♪


その子の顔がハッキリしないんだけど、そんな夢を何回も見てたんですよ。


何回もですよ。


予知夢じゃないけど『これは…』と思っちゃったんでしょうね…


俺の中では『うん!こりゃ間違いなく男の子だな』と!


まー単純な俺はそんなもんですよ!


ただ、オフクロも奥さんの大きくなっていくお腹を見続けてたんで思ってたんでしょうね…


オフクロ『きっと女の子だね〜♪』と言ってたのが少し気になったが…


何やら男の子の場合、妊婦のお腹がとんがるような形になるらしい…


奥さんのお腹はボワーンとしたお腹だった…


まーそんなこんなで出産前日の3月30日のpm10:00頃、突然の破水…


その日の午後、奥さん何やら予兆を感じてたらしく『うん、そんな気してたわぁ…』と言ってた。


予定日は4月の中旬だったんだけどね…


その頃は会社側も『そろそろだろ?』と言ってくれてたので、ちょうどその日から定時上がりにしてもらっていた。


そこはホント、ラッキーだった。


取り敢えず、スグ病院に連絡して速攻で行って入院。


その翌日は千葉の柏にある国立がん研究センター東病院へオフクロ連れて付き添わなきゃだったので奥さんが落ち着くまで一緒にいて明け方頃に一旦、家に帰り1〜2時間仮眠してオフクロと柏の病院へ行ったんだったな…


その頃はオフクロも我が家で同居してたんだよね…


その帰り道、オフクロと一緒に奥さんが入院してる病院へ行き様子を見にいった。


その時は奥さん、普通にケロッとしてましたよ。


オフクロも『まだ時間かかるかもしれないね。〇〇ちゃん頑張ってね☆』と励ましてた。


1時間位、病室にいて看護師さんには一旦帰る旨を伝えオフクロを家に連れて帰った。


当時は先代犬のデンスケもまだまだ元気だったなぁ…

そんなデンスケの散歩を済ませてから、また奥さんの元へ行こうとしたらオフクロも『やっぱり、あたしも行きたい!』と言うので仕方なく連れて行く事に…


本当は少し身体を休ませたかったが、どうしても行きたいと言うんで…


内心、スゲー面倒クセーと思ったけど、これが後で凄く心強い存在になるとはその時は全くもって思いもしなかった…


病院に着いて病室に入ったら奥さんがいない(・・;)


病室は個室だったんで、取り敢えずオフクロをソファーで体を横に休ませてナースステーションで聞きに行こうとしたら奥さん死んだような顔しながら看護師に付き添われて階段の昇り降りしたり同じフロアーをテクテク歩いてました…笑


病室に戻ってきてベッドで横になったのも束の間、またスグに…


どうやら陣痛の感覚も短くなってきたようで付き添ってた看護師と共に分娩室へ移動…


その看護師さんに『準備が出来たら迎えにきます』と言われ病室で待たされました。


俺も落ち着かないんですよね…


そんな俺の姿を見てオフクロ笑ってたなぁ…


『オマエも父親になるんだね〜♪』


その数時間後、まさかの展開になるとは誰も予想できなかった…


それから30分位してからかな…


看護師さんが迎えに来て『そろそろ来てもらえますか?』と言われ一緒に行く事に…


分娩室で奥さん必死で頑張ってた。


取り敢えず、俺は何も出来ないから腰や背中をさすったり手を握ったり…


てか、それくらいしか出来ないんだよね…


それから2時間位かかったかなぁ…


ちょっと覚えてないが、スゲー時間かかったような気がするけど…



……


………


我が子が生まれました!


助産師さんが俺に向かって開口一発『女の子ですよ!』と。


そかー☆女の子かぁー☆


うんうん( ´ ▽ ` )



……


………


ん!?女の子…!?


うん、まーいっか(๑>◡<๑)


得てして、そんなもんだろう〜♪



……


………


そこから事態は急展開となり、男の子とか女の子とか言ってる場合ではなくなる…


生まれたばかりの我が子の右手は肘から下がホント画用紙みたいに真っ白で、その右手だけブランとしてた…


それに感染症に罹ってたようで熱が39℃近くもあり脈拍も200を超えていた…


慌ただしくなった分娩室に小児科の先生がスッ飛んできて色んな言葉を矢継ぎ早に言われたんだが当時の俺には到底理解出来ず…


感動と喜びから一転して不安の中に放り込まれたような…


と言うか気持ちが追い付いていけなかった…


生まれたばかりの我が子は泣かずグッタリしたまま…


奥さんは出産直後でグッタリなりながらも『赤ちゃんは?アタシの赤ちゃんは?』と今にも泣きそうな顔してた…


助産師さん達が一生懸命に我が子をタオルで拭いたり背中をトントンしてたり、また先生は聴診器を生まれたばかりの我が子に当ててた…


先生や助産師、また看護師達の表情が一変し何とも言えない緊迫感が更に俺を不安にさせた…


先生からは『赤ちゃんの状態が良くない…』と言われた…


姫様のお腹がパンパンに張っててカチカチになってたのが印象的だった…


どれ位の時間だったんだろう…


凄く長く感じたが、何とか我が子が泣いた…


しかも本当に物凄くか細い声で…


その場にいた全員が少し安堵したのも束の間、先生が俺に言ってきた…


先生『お父さん、凄く言い難いんですが…』と前置きした上で色んな事を説明してきた。


まず右手…


血の巡りが悪いのが原因で白くなっちゃってたようだ…


それだけならいいんだが、その後の言葉に絶句した…


先生『早急に一通り検査をして少し様子を見るが、最悪の場合このまま血色が良くならなければ壊死してしまい放っておくと敗血症になる恐れが非常に高くなるので肘から下を切断も念頭に…』


えっ???


先生『感染症の影響もあり高熱のため脈拍も異常に早く突然の心肺停止もあり得るのでNICU(新生児特定集中治療室)の施設がある小児医療センターに搬送もあると言う事を理解してください…』


えっ???


とか何とか言われたような記憶がある。


壊死、敗血症、感染症、高熱、切断、心肺停止、NICU…???


《 そのNICUは当時、病院の道挟んだ真向かいにあったんだけどね…笑 》


何かそんなような事を言ってたが、もっと言ってたかもしれないが今となっては覚えていない…


その中で今でもハッキリと覚えている言葉がある…


先生から『覚悟していて下さい』と…



……


………


当時は『何だ覚悟って!?』と周りが慌てふためく中、俺だけ時間が止まったような何かフワフワしたような感じだった…


先生は『あくまでも最悪の場合です…』と念を押してくれたのが唯一の救いだったが、それでも不安でしかなかった…


その間に奥さんは色々と処置してもらい病室に戻ってたので労いの言葉と感謝の言葉をかけてあげたかったので行った。


『アタシの赤ちゃんは…?』


涙目の奥さんも感染症に罹ってしまい高熱が出たのと出血と出産直後と言う事もあり軽く意識が朦朧としてた…


出産直後で奥さんも動揺して軽くパニックになって泣いていたが姫様に初乳を飲ませるため看護師さんに初乳を搾乳してもらってた…


『今、先生からホッペ(胎児名)の容態を聞いてきたよ。』


と、一緒にいたオフクロと奥さんに簡単に説明した。


もう奥さんは泣きながら『ホッペ大丈夫だよね?』と…


だから俺、奥さんに言ったんです。


『大丈夫だよ!俺とオマエの子だぞ!どっちに似てもしぶといだろうから大丈夫だよ!オマエもホッペが戻ってきた時の為にも今は少しでも身体を休ませておきなよ。ホント出産お疲れ様。よく頑張ったね☆とにかく今はゆっくり休んでな。ホッペ産んでくれてありがとう!何かあったらスグ報告するから…』


確か、そんなような事を言って奥さんを労ったんだっけな…


オフクロも『〇〇(奥さん)ちゃん、ホントよく頑張ったね。』と奥さんの手をずっと握ってたな…


奥さん何度も『おかあさん、ホッペ大丈夫だよね?』と言ってた…


その都度、俺もオフクロも『うん、大丈夫だよ!』と言うしかなかったし、またそう信じてた…


その時、俺も奥さんもまだ我が子を抱っこさせてもらえてなかった…


取り敢えず、奥さんをオフクロに任せて我が子のところに行った…


その時、俺もテンパってて奥さんの実家に電話するの忘れてたので義理の母に電話して生まれた事と我が子と奥さんの状況を簡単に説明した…


義理の母も、一瞬言葉を詰まらせてたけど『きっと大丈夫だから!夕方にはお父さんと一緒に行くからね!』と言ってたな…


まだ、この頃は義理の両親は別居してなかった…笑


取り敢えず電話を済ませ、スグ我が子の元へ…


保育器の中で呼吸も浅く短く虫の息だった我が子…


すると看護師さんが『お父さん、赤ちゃんにお母さんの初乳を与えて下さい』と言われるがまま保育器の中の我が子に与えた…


グッタリしてて虫の息の我が子だったが、それでも健気に初乳を飲んでくれた…


その姿があまりにも愛おしくてね…


心の中で『頑張れ!』って何度も何度も言ってた…


その時、気付かなかったけど看護師さんが『お父さん、お子さんの右手、大丈夫かも知れませんよ』と…


よく見ると左手と右手、両の手が動いてるんですよね。


ただ、やはり右手は左手に比べると動きが鈍いが、ちゃんと動いてた。


看護師さんから『先生からお話しがあるそうです…』と言われ。


何かね、行かなきゃいけないのはわかってたんだけど我が子のソバから離れたくなかったんだよね…


ナカナカその場を離れられなかった…


看護師さんも一緒にいてくれてたな…


『お父さん、娘さんの生命力を信じましょう。』


ずっと俺に付き添ってくれてた…


『お子さんの熱も今は38℃台前半に落ちてきたし脈拍もまだ高いですけど徐々に落ち着いてくるだろうと先生言ってましたよ』


30分位そうしてたかな…


もう涙しか出なかった俺だったが我が子が必死に生きようとしてる姿を目の当たりにしたんだよね…


滅菌室だったので俺も白衣に着替えてマスクやゴム手してた。


看護師さんに『お父さん、娘さんに触れてあげてください』と言われ、ホントちっちゃい姫様の左の手の平に指を触れたら軽く握ってくれたんだよね…


その瞬間かな…


俺の中で親としての自覚が芽生えたのは…


問題の右手も触れてみたが軽く半開きのまま…


でも、よぉーく見てるとピクピクと動くんですよね。


その右腕も徐々にだったけど時間の経過と共に血色も良くなってきてたようで、まだまだ白かったけど看護師さんも『安易な事はまだ何とも言えないですけど…』と前置きした上で言ってた…


『見てる限り大丈夫だろうと先生も言ってました。まだ楽観視は出来ないですけど…』と言われた時は少しだけ安堵した事を覚えてる…


あれだけパンパンに張ってカチカチに固くなってたお腹も段々と柔らかくなってきてた…


喜びたいんだけど、まだ素で喜べないもどかしさ…


でも1つ1つだけど、事態は良い方向に向かってくれるんじゃないかと言う期待しかなかった…


取り敢えず、そこで一旦切り上げて先生の話しを聞きにいった…


オフクロにも話しを聞いてもらいたく一緒に先生のところへ…


その当日の午前中、オフクロの病院(がん研)に付き添って行ったんですよね…


その時、主治医に言われたんです。


もう、打つ手なしと…


治験のお願いとホスピス(緩和ケア)を勧められた…


もうホント当時の事は今振り返っても訳ワカメ…


【 命のバトン 】


その瞬間、ふとそんな事が頭に過った…


今でも思い出す度に心臓がバクバクして過呼吸になりそうなる…


オフクロは一緒に先生の話しを聞いていた。


『大丈夫よ!絶対に大丈夫だから!オマエも親になったんだから自分の娘を信じなさい。あの娘は絶対に大丈夫!まずアナタはしっかりしなさい!あの娘の親でしょ。』


オフクロの言葉、優しい物言いだったけど物凄く心強くて、そして熱い女だった…笑


そんなオフクロも姫様が生まれた半年後、59歳でオヤジのもとに旅立っていった…

【 あめふりくまのこ 】

よくオフクロ言ってたなぁ…


『あの娘の悪いところは私が全部持っていくからね…』って。


そのお陰なのかどうなのかは定かじゃないけど、そんな我が姫様だったが16年後の現在は当時の事が何かの冗談だったみたいに今は元気イッパイに過ごしてる☆

当初は右手の力も物凄く弱くてオモチャなど持ってもスグ落としちゃったり何でも左手になってたけど気長に右手でやらせてたりしたら成長すると共に右手の力、特に握力も徐々についてきたし細かな動作など出来るようになり♪


定期的に検査やリハビリを続け現在に至るが、今では何の後遺症も無く、その後も大病もせず大怪我(剥離骨折はあったけど)もなく成長し元気に過ごしてる( ´ ▽ ` )


小学校に上がる時、姫様が生まれてからずっと診てくれてる先生から『うん!もう右手は心配ないよ』と言ってもらえた時はホント奥さんと2人で安堵したなぁ〜☆


2人で大喜びした後、泣いたよね(;∀;)笑


そんな姫様も先月で16歳になり今月から近所のカレー屋さんでアルバイトもするようになった…


まー昨年、高1ではあったけどまだ15歳だったのでドコもバイトできず、近所の果樹園で短期のアルバイトを見つけて頭下げて雇ってもらい力仕事もそこそこ熟せるようになったようだ…


毎年、姫様の誕生日前後になると思い出す…


それと同時に奥さんに対しては物凄い感謝の気持ちね♪


その瞬間、あの当時の事が鮮明に思い出される…


ふと、奥さんと出産時から今現在に至るまでの事を当時を振り返りながら話してた。


よく奥さんと話すんですよね…


『もし、あの時…』って。


そして奥さんと意見が一致してるのは『もう一生のお願いは使っちゃったよね』って。


奥さん『あの時、お義母さんがソバにいてくれてホント心強かった』と。


何かそう言われると俺も嬉しいよね♪


たったの2年だったけど、こっちにオフクロを呼んで同居してホント良かった。


それに約半年間だったけど、オフクロと姫様が一緒に暮らす事ができて、ほんの少しだけ親孝行したかなと…笑


それもこれも奥さんから『お義母さん呼んで同居しようよ』と言ってくれたお陰なんだよね。


そんな奥さんには心から感謝してます。



……


………


うん、もっと時期が来たら備忘録として姫様の出産当時からの事でも書いてみようかな…


いつになるかわかんねーけど!笑


てか、何度も言うけどそもそも文章を纏められない俺には物凄くハードルがタケーんだよなぁ…( ̄▽ ̄;)


現に今もこうして文章を纏められないし…笑


どうやったら文章って纏められるんだろう!?


これでも結構、端折って書いたつもりなんだけどダメダメだな…


あの当時を振り返り、そして今の姫様の成長を間近で見届けられるだけでも本当に幸せな事なんだと改めて実感する…


そして、そう思えるこの瞬間もまた幸せな事なんだろうな♪


【 幸せでいたいのなら人生において少しの不幸は必要である 】


誰の言葉だったのか忘れたけどそんな言葉が脳裏に過ぎった瞬間でもあった。


それもこれも姫様が現に今こうして元気でいられるから、よりそう思えるんだろうな…


これが、もしあの時、姫様が…と想像したら、とてもそうは思えないだろうし、また考えたくもない…


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上に貼ったのは動揺の【 あめふりくまのこ 】です。


雨の日にオフクロがリビングで姫様を抱っこしながら窓の外を見ながら歌って聴かせてたのがホント懐かしい…


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本日も纏まりのない当ブログに最後までお付き合い頂きありがとうございます!