■やさしさ
心の無い優しさは敗北に似てる。

本当にやさしいってどういう事なんだろう?

対人の対応がとても丁寧であると、やさしい?
新人に指示を出しつつ手伝うのは、やさしい?
誰かが落ち込んでる時励ます事は、やさしい?
人に同情し同じく涙を流す行為は、やさしい?
自己犠牲の名の下での影の努力は、やさしい?


本当にやさしいってどういう事なんだろう?

どんな些細な犠牲も生まずに幸福を生み出せる行為。
これが可能な事象であるならば、それはやさしい。

難しいのは、こうして考えてる間に消化される時間も
犠牲の一つになってしまう。

ほとんどの「やさしい」と称される対象は自己犠牲だと思う。


でわ、自分のやりたい事の結果や過程が他人に対して
『やさしい』
ならば、やさしさとは利己的行動の副産物なのか?

本当にやさしいってどういう事なんだろう?



■やましさ
上記の様に「自己犠牲の名の下のやさしさ」を
故意に行使しているのであれば、それは

やましさ

に取って変わられてしまうのではないか?

ふと、気付く。
僕はやましさの塊だ。

周囲の表情や空気を読み取り
 (たまに履き違え)
やさしさを故意に行使する事に慣れ切っている。

そんなに計算高く生きなきゃ望めないモノばかりの
世界を自分の中に創造してしまった事に
憤りを覚えたりする。

どうしてもっと、滑稽になれないんだろう?
どうしてもっと、夢を見ないんだろう?
どうしてもっと、本音を出さないんだろう?
どうしてもっと、本音で生きれないんだろう?
どうしてもっと、人間らしくなれないんだろう?

本音を出して生きて行きたいんだけど、
出したらそこで負ける気がする。
その執着がペットリと離れない。

答えなんて実はいつでも出ているものなんだろうけど、
探しても全然見つからない。

なーんでかなぁ?

いつも素敵なモノを信じて生きていたいんだけど
世の中モザイクが多すぎて、見えない。
明日を信じて行きたいんだけど、
明日になりゃぁわかるんだって。
何にも変わりゃぁしないんだって。

なーんでかなぁ。。。

俺はやましいが故に、今生きる課題が山積みで。
素敵なモノを見つけて、未来を創造したくて。