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Sionです赤薔薇

 

今日のブログは、

「なぜ修験道へ進んだのですか?」

と聞かれることがあるので、

 

霊媒師でありながら、なぜ修験道へ進んだのか

私自身の歩みを振り返りながら、お話ししたいと思います目キラキラ

 

私が初めて修験道というものを知ったのは、主人の母からでした。

主人の母も霊媒師であり、滝行や神事など数多くの修行を重ねてこられた方です。

 

その母は修行中に修験道の先達と出会い、

金峯山寺で得度し、修学した経験を持っていました。

また、修験道では加持祈祷を学ぶことができるとも聞いていました。

 

当時の私は修験道について詳しく知っていたわけではありません。

ただ、「得度」というものがあることを知り、漠然と興味を持ったのです。

 

 

霊媒師として歩み始めた頃、

「まずは金峯山寺で結縁しておいで」

と言われ、意味もよく分からないまま結縁灌頂に行きました。

 

私にとって吉野は、小学校の林間学校で訪れたことはありましたが、

それ以外に特別なご縁があったわけではありません。

 

それなのに、昔から不思議と何度も吉野山や金峯山寺が夢に出てくるのです。

 

だから金峯山寺へ行けば、その理由が分かるような気がしていました。

 

結縁を終えた後、私は金峯山寺の“友の会”に入りました。

得度したい。

でも、どうすれば得度できるのか分からない。

 

母を修験道へ導いた先達とも、すでに長い間ご縁が途絶えていました。

気持ちはあっても、道筋が見えない…。

 

得度への道が分からないまま、

私はサイキックミディアムヒーラー養成講座を開講し、
受講生たちと共に学びを深めていきました。

 

さらに、その先のフォローアップ講座では、
本格的に神仏とのご縁を深める学びもお伝えしていた中で、

読経も実践していただいていたため、

受講生たちにも金峯山寺の経本をお渡ししていました。

 

主人の母が金峯山寺の経本を使っていたこともあり、

私にとっても馴染み深い経本でした。

 

気づけば、講座用に何十冊も注文することがあったり、
霊媒のお客様方からお預かりした写経のお焚き上げをお願いすることもありました。

得度への道は分からないままなのに、ご縁だけは深まっていったのです。

 

 

そして私は門下生たちと共に、日本中を巡るようになっていました。

 

北海道から沖縄。

そして台湾へ。

 

神々に呼ばれるまま御神行を重ね、

気づけば日本三大霊山をすべて登拝していました。

 

富士山や白山にも何度も登り、

そのほかにも数え切れないほどのお山に登りました。

 

御神行を重ねるたびに、

正式な修験道の行者になりたいという思いは強くなっていきました。

 

古神道では、自然万物に神々が宿ると考えます。

山や川、木々や岩。

この世界に存在するあらゆるものに神々が宿るという、八百万の神の教えです。

 

 

私は御神行を重ねる中で、その教えを体験として学んでいたのでした。

そして山へ入る中で、山の神々から力を授けていただいたこともありました。

 

そんな中で、「験力」という言葉を知りました。

 

験を得た者を験者といい、その験を修めていく道が修験道です。

私はこの考え方に強く心を惹かれました。

 

御神行を重ねるたびに、

「正式な修験道の行者になりたい」

その思いはますます強くなっていったのです。

 

そして、門下生たちと共に滝に打たれ、

山に入り、御神行を重ね続けていた十年目の十一月。

 

ついに師僧とのご縁がつながりました。

 

振り返れば、

神々に呼ばれるまま歩み続けた先に、修験道がありました。

 

そして、その道の先に得度がありました。

 

得度受戒の日、私の魂は喜びで満ちていました。

あの頃、何度も夢に出てきた吉野山や金峯山寺。

振り返れば、あの時から蔵王権現様とのご縁は始まっていたのかもしれません。

 

私の修験の道は今もなお、続いています。

 

霊媒師でありながら、なぜ修験道へ進んだのか。

少しでもご参考になりましたら幸いですラブラブ

最後までお読みくださり、

ありがとう存じます赤薔薇