前回のブログから、
少し間が開いてしまいましたが、
私は盛りだくさんな毎日を過ごしております![]()
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今回もブログにお立ち寄りくださり、
ありがとう存じます![]()
龍神や神仏とのご縁が深まり、
この世界に身を置くようになってから、
私が大切にしていることの一つに、
『善根を積む』
というものがあります。
善根とは、
善い行いや徳を積むこと。
そして仏教には、
自分が積んだ善行や祈りの功徳を、
他者へ向けて手向ける
「回向(えこう)」
という考え方があります。
明日16日は、
鎌倉の円応寺で大施餓鬼会が執り行われます。
円応寺のご住職さまとご縁をいただいてからは、
毎回必ず参加させていただいているのですが、
この“施餓鬼供養”もまた、
餓鬼道に落ち苦しむ存在や、
無縁仏へ施しを行い、
その供養や祈りを届ける、
大切な仏教行事のひとつです。
それは単に、
「自分のため」だけではなく、
すべての存在へ施しを行うことで、
その功徳が巡り巡って、
ご先祖様への追善供養にも繋がるとされています。
修験道では、
食事の際に取り分けた食を
「散飯(さんぱん/さば)」として、
餓鬼畜生へ施す教えがあります。
それは、
自分だけが満たされれば良い、
という考えではなく、
目に見えない存在へも、
施しや感謝の心を向けるもの。
私は施餓鬼供養にも、
どこか通じるものを感じています。
チャッピーに餓鬼畜生のイメージ画像をお願いしたら、
こんなに可愛いの作ってくれた(笑)
善根を積む。
徳を積む。
その徳には、
「陽徳」と「陰徳」の二つがあると考えられています。
陽徳とは、
人に知られるように行う善行や、
人前で積む徳のこと。
一方で、
陰徳とは、
人知れず行う善行のことを指します。
誰かに褒められるためではなく、
見返りを求めることもなく、
気づかれない場所で、
粛々と積んでいく徳。
また、
「人に見せる陽徳よりも、
人知れず積む陰徳のほうが徳が高い」
とも言われてきました![]()
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私は、コンビニやファミレス、
高速道路のサービスエリアなど、
自宅以外のトイレを使わせていただいた時には、
トイレの神様を心に置きながら、
次に使う方が気持ちよく使えるよう、
軽く掃除をしてから出るようにしています。
特に、トイレがたくさんある場所では、
あえて汚れているところに入り、
『今日も陰徳を積ませていただきありがとうございます![]()
』
と心で唱えてから、
掃除をするようにしています。
こういうことは特別なことではなく、
そうした日々の小さな積み重ねこそが、
陰徳なのだと思っています![]()
古くから、
「陰徳を積むことで、
大難が小難に、小難が無難に変わる」
という考え方もあります。
それは損得ではなく、
人としてどう在るか、
どのような心で日々を生きるのか。
その積み重ねが、
巡り巡って人生にも現れていくのだと思います![]()
明日の施餓鬼会でも手を合わせ、
感謝と祈りを届けてまいろうと思います。
最後までお読みくださり
ありがとう存じます![]()



