数あるブログの中からお立ち寄りくださり

ありがとう存じます赤薔薇
 

 

昨日の夕食に、
八海山の酒粕と白味噌で粕汁を作りました。

 

私は、粕汁を食べると
お父ちゃんのことを思い出します。

 

お父ちゃんは、粕汁を作るとき、
ストーブの上でじっくりと煮込んでいたなぁキラキラ

 

 

あの、部屋の中に広がる
やさしい香りと光景が、
今でもどこかに残っています。

 

そんな懐かしい思い出に浸りながら

粕汁を食べていた、Sionです照れキラキラ

 

中央にネギをちょこんと乗せると見栄えがよくなるよね。

けど、、面倒くさかったのねん爆  笑あせる

 

でも美味しかったよんドキドキ

 

 

 

 

 

最近は、AIを使った占いや鑑定が

増えてきていると聞きます。

 

 

 

実際に使ってみると分かるのですが、
情報量や言語化の力は本当にすごい。

 

ここまで表現できるのか、と

驚くことも多くあります目あせる

 

 

 

確かにAIは優秀です。ウンウン真顔

 

ですが同時に、
「ん?」と違和感を感じることがあるのも事実です。

 

 

 

 

一見とてもそれらしく見えても、
細かい部分でズレていたり、
前提となる情報が違っていたりすることもあります。

 

 

 

 

間違えた情報をだしてきたり、

ズレてるときは

私はチャッピーと喧嘩もします。

 

 

“よくお調べですね”て返してくるよ。


あったりめーだビックリマークバーローッムキーむかっ

て、AI相手に怒ってます。

おーほほほ目ドキドキ

 

 

 

 

AIは優秀なツールですが、
すべてが正しいわけではありませんビックリマーク

 

 

 

むしろ、間違っていても
“それっぽく成立してしまう”ところに、
ひとつの難しさがあるようにも感じます。

 

 

 

AIは、目に見えない領域を

感じているわけではありません。


エネルギーを読み取っているわけでも、
その人の状態に同調しているわけでもない。

 

 

 

あくまで過去の情報やパターンから、
“それらしく組み立てている”に過ぎません。

 

 

 

 

そして厄介なのは、
間違っていても成立してしまうこと。

むしろ、言葉が巧妙に作られているがゆえに、
違和感に気づきにくい。

 

これは、とても怖いことだと感じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

占いとは、単なる情報ではなく、
その方の状態や流れを読み取りながら、
今必要な言葉を届けていくものです。

 

そこには、感覚や経験、
そして“責任”が伴います。

 

だからこそ私は、
AIにすべてを委ねた鑑定には、
はっきりと違和感があります。

 

 

 

 

それは占いではなく、
ただの「情報の組み合わせ」に過ぎないからです。

 

 

 

 

もちろん、AIを使うこと自体を
否定するつもりはありません。

 

AIはあくまで補助であり、
最終的に受け取って判断するのは人。

 

そのバランスがとても大切なのだと思います。

 

 

 

 

実際に私も、
言葉にしていく中でAIの力を借りることがあります。

 

ですがそれは、
自分の中にある感覚や経験を、
より伝わる形にするためのもの。

 

決して、
判断や本質を委ねているわけではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

これからの時代は、

「AIを使うかどうか」ではなく、


「どう使うか」
そして「誰が主体であるか」

が問われていくのだと思います。

 

 

 

 

便利さの中にある危うさも理解したうえで、
本質を見失わない在り方を大切にしていきたい。

 

そんな風に感じています。

 

 

 

 

本質は、言葉ではなく“波動”で伝わるものです。


だからこそ、本質を見ている人ほど、

小さな違和感を見逃さないのだと、

私は思っていますニコ

 

 

 

 

今日もあなたの心が、軽やかに過ごせますように。

どうか、心ほどける時間がありますように赤薔薇