休日を夫婦で過ごすときも、
私たちの二人の心には、

いつも「神様」があります。

 

 

自然と足は、寺社仏閣へ向かい、
観光というよりも、どこか御神行爆  笑www

 

 

休日も、旅先でも、
私にとっては魂を整える時間。

 

 

今日も、静かに魂の時間を過ごしている
Sion心蓮です目キラキラ

 

 

ブログにお立ち寄りくださり、
ありがとう存じます赤薔薇

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

スピリチュアルに生きるとは、
特別な力を持つことではありません。

見えない世界にすがることでも、
いつもポジティブでいることでもないのです。

 

 

 

 

スピリチュアルに生きるとはビックリマーク

 

 

 

 


目の前の現実から逃げないこと。

 

湧き上がる怒りや悲しみからも
目をそらさずに見つめること。

 

誰かのせいにせず、
環境のせいにせず、
「いまの自分」を引き受けること。

 

そして、
誰も見ていないところで
静かに徳を積むこと。

 

 

 

 

 

 

けれど――

 

この私も、

心に神様があるからといって、
完璧な人間ではありません。

 

怒りや憎しみを抱くこともあれば、
ネガティブになる日だってあります。

 

 

だからこそ、
常に自分の心を意識し、
整えようとするのです。

 

 

 

 

 

すごく前のことになりますが、
いわれのないことで罪を被せられたことがありました。

 

 

 

 

信頼していた人だったからこそ、
その出来事は、なおさら胸に刺さり、

とても悲しくて、悔しくて、
胸が締めつけられるような思いになりましたえーん

 

 

 

 

 

 

けれどそのとき、
私はただ相手を責めたり憎むのではなく、
「この出来事には、どんな意味があるのだろう」と
自分に問いかけました。

 

 

 

 

 

人の気持ちの動きを、
もっと丁寧に見ていただろうか。

 

知らず知らずのうちに、
配慮が足りなかったことはなかっただろうか。

 

そうやって自分を省みながら、
双方にとって最善の方向へ導かれますようにと、
静かに祈りました。

 

 

 

 

 

傷つかないことが
霊性の高さではありません。

誤解されないことが
正しさの証でもない。

 

 

 

 

 

それでもなお、
出来事の中に意味を見いだし、
自分を整え、
相手の幸せも祈れる心を持とうとすること。

 

 

 

 

 

 

 

それが、
私の思う“霊的に生きる”ということ。

 

 

 

 

強くなることでも、
完璧になることでもなく、

揺れながら、傷つきながら、
それでも自分の内側を整えようとすること。

 

 

 

 

 

相手を責め続けるのではなく、
自分を責めすぎるのでもなく、

 

ただ静かに、
「より良い方向へ導かれますように」と
祈れる心を育てていくこと。

 

 

 

 

 

その小さな積み重ねが、
やがて魂を磨いていくのだと、
私は信じています。

 

 

今日もあなたの魂が、

 やわらかく、あたたかく整いますようにピンク薔薇