えっと・・・・何だか最近映画ブログなはずなのに、宇宙とか管理社会論とか単なる独り言ばっかになってて危機感を感じますが( 嘘 つ け )。
最近読んでる本が、モダンについての本なので、その話題。
まぁ、、、、その本の装丁がまずモダンっていうか、むしろレトロなのは突っ込まずに本題に(言うとるがな)
そそ。
「文化産業論」。
ちょっと知的なアカデミーックな人なら、
「ちょっと、、、、今更?(眉をひそめながら、苦笑)」
・・・・みたいな(ムカつく)反応を返すかもしれんが。
まぁ、要は、大衆操作のために映画やドラマ、小説に音楽、あらゆる娯楽がその手段に使われてるって言う説です。
(ちょ・・・要約しすぎ)
マス・メディア=Mass-Media
Massは大衆とか、マスゲームとか、数値みたいな意味で。
Mediaは、メディア、メディウム、媒体、触媒、介在するもの、油絵の具を溶くときの溶液とかの意味で。
要は、大衆にたいしての触媒、媒体、仲介者みたいな意味なんですかね。
元々。
だから、メディアを使って、大衆操作。
まぁ、こんなの当り前で、見事に操作されてるし。
(おいらだって)
餃子にしても、みんなむっちゃ影響受けてるし。
流行もそう。
CM多くすれば、まず話題になるし。
選挙結果は報道によって明らかに左右されちゃってる傾向もあることは、みんな認めること。
まぁ、そんな感じのことを「文化産業論」って言うんだと思います。(多分)
んで、この言葉だけ、自分は知ってたんですけど。
この「文化産業論」って、要は資本主義社会が行き着くと絶対文化産業的になるみたいな感じらしくて。
・・・・意味不明ですよね?(涙。。。。
こっから先は、自分が意味をつかみかねてるんですが。
んーと。
フォードさんが、車を作って、売って。
でも、みんなが車を所有したら、もう移動手段としての車は要らなくなる。
そうすると、広告とかで・・・・・・
「持てる男は黒い車を持っている★」とか
「彼女を乗っけて夜中のドライブへ・ちょイ悪親父的恋愛テクニック・グヘヘ」とか掲載して大衆をあおる。
・・そういう「イメージ」をつくって「ブランド化」すると、
人々はそのステータスを求めて、商品を買い換えて行くようになる。
これが「消費社会」。(多分)
んで、消費社会になると、顕著に、労働者と消費者は同じものの2面性でしかなくなってくる。
・・・・要は、物売れない!あまる!→需要を「作り出す」(広告で)→物ほしい!→買う!→売れる!→お金たまる!→投資投資!→物余る!→エンドレス!
みたいな。
んで、消費者は自由に欲望して、受身に思えるけど、実は、
需要(消費)の生産者と、商品の生産者がいるだけで。
ガシガシ産みまくって動き続ける機械みたいになっちゃうんだよーみたいなことが起きるらしい。
はぁ・・・・・・・・・よくわからにゃい・・・OTL・・・・・
でも、多分そんな感じ。
ま、改めてメディアとか、社会の仕組みとか、見つめてみると、なんだか気づくことも多いです。
(と上手くごまかそうとしている)
おいら・・・踊らされてるなぁ・・・・とか、マジ思うっす。
そんな今日この頃。