バルトの楽園
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はい「バルトの楽園」です。


これ、らくえん、じゃなく、がくえん、みたいですね。




時は日露戦争時。

ドイツ兵が、日本に捕虜として収容されていた時の様子を描いています。





ベートーベン第九。第四楽章。


毎年、年末にサントリーホールだとかで合唱する、あれです。


年末恒例の第九ですが。

恒例なのは実は、日本だけ。



喜びの歌、とも言われますが、あんなに第九を好きな国は中々無いんですよね。

素人がドイツ語で歌えるってのもすごいことで。



そんな第九がはじめて歌われたのが、この日露戦争頃の日本のドイツ捕虜収容所でのこと。






ちなみに、毎年末に第九を演奏するようになったのには、2つの説があります。


1つは、今の東京芸大の学生が出征する前に、音楽祭をやった。

その際、声楽と演奏科両方参加できると言う点で、第九がチョイスされて。


その後、太平洋戦争後に、戦場に散った同胞の魂をなぐさめる為に第九が歌われる様になったという説。


でも、これを裏付ける何の資料も無いんですよね。残念ながら。

綺麗な話しなんですけど。



もう1つは、戦後の演奏家の餅代稼ぎです。

戦後の物資のないときに、新年を迎えるのに汲々としていた楽団員。

(この楽団員は、N響の前身の楽団だそうです、たしか)


そこで、第九。

第九は、合唱のメンバーがたくさん必要です。

男声×2、女声×2

バス、テノール、アルト、ソプラノですね。


そのメンバーを集めれば、半素人もコーラスに来るわけです。

となると、晴れ舞台。

クワイアー(コーラスメンバー)の家族や親戚が、見に来ます。

そうなれば、チケットが売れる。

入場料が入る。


食糧難の時代に、年を越すくらいの収入が得られるわけです。



なんとも切実な話しですけど。


そうして、年末恒例の第九演奏会が行われるようになった、説のほうが有力そうな感じです。





ちなみに、そもそも第九はベートーベンが革命を呼びかけ、民衆を奮い立たせる為に、長年に渡って書き温めた楽曲です。


ナポレオンが革命を起こしたあと、民衆の味方になるかと思ってたら、皇帝に即位した。

彼を称えようと作られた交響曲「英雄」の譜面には、怒ったベートーベンによって「ナポレオンのために」という文言が消された後があります。



それだけ、当時の人々は、革命を欲していた。


そんな中で作られた第九には、民衆の声が必要だから、あのコーラスが必要なわけです。


兄弟たちよ! と呼びかけ。

自由が今降り立つのだ! と高らかに宣言し。

われらの希望の明日がそこに見える! と同士を勇気付ける。



そんな感動的な第九「歓喜の歌」。

日本で始めて歌われたこの歌の背景にあった、日本軍人や捕虜となったドイツ兵や将校との間の友情物語は、必見ですよ。

つか、普通に面白かったっす。