17歳のカルテ コレクターズ・エディション
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17歳のカルテ。


精神病院に入院した女の子の話です。


上のDVDジャケットで言えば、右のアップのこが主人公、左なのが魅力的な躁鬱病患者。






思春期の頃、精神科の閉鎖病棟に入院歴のある作家が、みずからの経験を描いた作品で、海外ではかなーり話題になった映画です。





主人公は、数日前、アスピリン1瓶をお酒で飲んで、病院にかつぎ込まれた。

自殺するつもりではなくて、何かにいらだっていた。何かが不安だった。

医者である父や、母の行為を見ていると、なんだか世の中が見えてしまって、妙に悲しかったのだ。




精神科の医師は、父の友人。

医者は、君は周囲の人間を傷つけているという。

こんな医者はいやだ。


そうして他の医者を求めると、入院を勧められる。

閉鎖病棟の病院に到着すると、彼女は入院同意書にサインした。

どうでもよかった。

自らの意志によって、主人公は「この世界」へと足を踏み入れたのだった。




患者たち。


親にアトピーの原因である犬を捨てるように言われ、顔の発疹部分にガソリンをかけた女の子。


病理性の虚言症の女の子。


下剤が好物の男の子。


そして、病院から脱走し、2週間ぶりに保護され、病院に戻ってきたリサ。

エキセントリックな彼女には、不思議と惹かれるものがあった。



しかし、そんな患者を横目に、私は狂って無いと思っていた主人公も、病院で過ごすうちに見る目がかわっていく。





病院では、夜は無理矢理、睡眠薬を飲まされた。


数分おきに見回りがくる。


入浴のときにすら監視がつく。


プライベートなんか無い。人間的扱いなんてここにはない。


だって、病気のあなたたちの安全を守る為ですもの。


主人公は、怯え、絶望が広がっていった。




初めての医師との面会。

普通の悩みや不安を口にする主人公。

いい人そうな精神科医。




リサはこの病棟のリーダー格だった。


睡眠薬を口の中に隠す方法を教わり、真夜中のパーティで自分のカルテを盗み見た。



気分不安定、目標不明確、衝動的、カジュアル・セックス、自傷行為、反社会性と悲観的態度……。

病名は、<境界性人格障害>というものだった。


退院して行く者。


テレビではキング牧師暗殺のニュースが流れていた。


入院して、1年がたとうとしていた。


その日、彼氏が面会にやってきた。

ベトナム戦争へ徴兵されていた彼。


病室で抱き合う主人公達に、リサは看護婦の部屋チェックを邪魔する。


1週間後に出征を控えた彼は、主人公に愛を告白し、カナダへ逃げようと誘った。


でも、主人公は踏み切れない。


リサや他のユニークな患者達は、彼女のかけがえの無い友人になっていたのだ……。


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狂気と正気の境目は、グラデーションであると言います。

誰しも、多かれ少なかれ、狂っている。


でも、日本の精神病院でも、昔から幽閉に近い形で閉じ込められている患者もいる。

中には、足の不自由な人や、多毛症でチンパンジーのような外見をした人、知的障害のある患者までもが、「精神科」の病棟に閉じ込められていました。



それらは、社会や病院、医師だけではなく。

家族にさえも見捨てられていたりする人も、少なくなかったようで。




この『17歳のカルテ』は、実際の精神病院の閉鎖病棟よりも、多分綺麗で。

それはアメリカだからかも知れないけれど、実際は普通の病院の内科病棟などと比べたら、汚いところが多いらしい。


最近は、改善されているようですけど。




そんななかで、「狂った」患者のほかにも、看護婦や精神科医が登場する。


外に行けば、大学教授の夫を誘惑した「狂った」若い娘に、唾を吐きかける立派な家庭の夫人がいる。




個人的には、こんな狂った世の中で、狂っていない人のほうがよっぽど狂ってると思うんですが(ややこしい)

この作品は、狂気について、再考させてくれる作品。

『ベロニカは死ぬことにした』とも共通する部分があるかな。





ちなみに、境界性人格障害や、いろんな人格障害の人、そして躁鬱病の人の診断や病様を書いた本にはよく、


とても魅力的に映る


という項目があったりします。




天才と馬鹿は紙一重、とかいいますけど、天才は狂気と紙一重なんでしょうね。

対義語は、凡人で

(自分も凡人ですが)


単に、周囲の評価が違うだけ。





病気になった人は、他の人とは違う経験をしてるので、見る世界が変わるんでしょうか。

狂人が天才とは言わないけれど。


今日は差別発言多すぎですね。

でも、狂気は現代病の一側面でもあるみたいなので、許してください。

(cf:ミシェル・フーコー『狂気の誕生』)