大衆の反逆/オルテガ
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オルテガ・イ・ガセット。

まず、名前が格好良いじゃあーりませんかw


イ・ガセット!


オルテガ!



おおおーなんだか濁音がいい味出してまんなー(ラブラブ


し か も !

大 衆 の 反 逆 !

なんだか危険な香りのする、無頼な、アウトローな感じ???

いやんw(きもいって)



じつは、難しそうで敬遠してました。


↑のアマゾンの写真は…中公クラシックかなんかの画像なんですが、実はちくま学芸文庫からも出てます。


※ちくま版のリンク/こっちの方が安いです・笑

オルテガ・イ ガセット, Ortega y Gasset, 神吉 敬三

大衆の反逆 (ちくま学芸文庫)



要は、現代の大衆批判。

しかし、それはけっして偉い人が民衆を批判するものではない


スペインの哲学者ですが、とても平易な言葉で書いている。訳者も良い。





現代とは、今まで経験したどんな時代よりも恵まれており、生命に関して、何でも出来る能力をもった時代。

しかし、その使い方を知らない時代なのである。


だから、過去を追慕して、憧れているようでありながら、過去からは学ばない

なぜなら、過去よりも優れていると思っているから。

しかも、事実、そのとおりで。

過去のどんな時代よりも豊かな時代だというのは、事実であろう。


しかし、例えば人生では、目的を熱望し、その実現に向けているときが、一番生命は充実する。

しかし、目的が達成されてしまえば、虚無感に陥る。


また、旅は、実は目的地に着くのが目的、ではない。

目的地に至る過程に、旅の楽しみがあるのだ。


それらと同様、この時代は自らの持つ様々な技術をどう使い、どのような世界を作りたいのか?

また、作れば良いのか?

…そんな目的喪失の時代である。


そのわけは、大衆が「大衆」のままで、その欲望どおりに、政治の実権を左右できてしまうようになったからだ。

大衆というのは、階級の名称ではない。

その人間の本質的あり方による分類である。

つまり、政治家の中にも大衆はいる

工場の労働者の中にも、貴族的精神のものがいる


本当は、「社会」というのは長期的展望の下に行われ、個人的な目先の利益だけで行われるべきものでは無いのに、現在は大衆が大衆のままで、公的な世界へと台頭し、そこに節操を喪ってしまっているのだ。



………そんな話。


たぶん、あたしの語り口だと、オルテガならではの頭のいい人の文章のテンポ崩れちゃってると思います。

反省。


でも、かなり読みやすい。


…じつはまだ読んでる最中で、半分くらいなんですけど。読んだのは。

この記事読んで、おっ、と気になる人は、読んだ方がいい。



実は、ハンナアレントの『人間の条件』とかも紹介しようと思ったんですけど。

やっぱ、これはハードル少し高めなので。

(のってくれば、かなり面白いです、でも!!!)


(人間の条件、は、ちくま学芸文庫からも出てます。ごめん、検索してください・涙)





ポストモダンな現代。


目的を忘れ、大切なものを失った現代。


荒廃する現代。


不安な現代。


規範を失った現代。


ポスト・ポストモダンな現代。



いいたいことばっか、偉い人は言ってて。

でも、私たち一般大衆には何にも説明してくれない。

味方してくれない。


それどころか、そんな「してくれ」って言うこと自体を批判されそう。


確かに、それも一理あるだろう。


他力本願。


でも、どうしたら良いのか、何に違和感を覚えているのかさえ、ぼく達は分らないのだ。



だから今こそ、本を読んでみよう。


そこには、意外と味方をしてくれる人たちはたくさんいる。






……こういう本への誘いを書くのなら、こういうポップを自分なら作ります。


しかも、かっこいいのは名前だけじゃない。


思想も格好いい。


スタンスも格好いい(弱者の味方だ)


あ、顔も(おじいちゃんだけどw)