6年前-
職場にいきなり電話をかけてきて
「ドイツで住もう」
という主人の提案に
(本人いわく、これだけは質問ではなく、命令だったらしい)
最後には折れた私の一言が
「ドイツへ行ったら、
ポーランドのアウシュヴィッツ(元強制収容所)へ
連れて行ってくれる?」
だった。
「行きたいのが、
お城じゃなくて収容所というところが
うちの嫁らしい」
と当時、主人は内心笑っていたらしい。
昨日、娘が寝てから読んだ本。
- それでも人生にイエスと言う/V.E. フランクル
- ¥1,785
- Amazon.co.jp
著者が強制収容所に入っていた心理学者。
ドイツにいた頃、
若い人であってもこの時代の話については
語りたがらないところから
「自分が生まれる前のこと」
とまるで他人事のように受け止めている日本の若者より
きちんとこの時代について教育を受けているのだと感じた。
内容は、ご想像通り収容時代の経験から
命について、病気を抱える方、自殺についてなど
あまり明るい内容ではありません。
収容所のような環境に置かれたとき
人はもう人生の意味など考えはしないのだと感じました。
いくつか写真をご紹介します。
有名な「ARBEIT MACHT FREI」 (働けば自由になれる)の門。
バラックのベット。
一つのベットで5,6人が重なり合うように寝ていたそう。
冬はどれだけ寒いか想像もできません。
トイレ
何人もの人間が撃ち殺されたという壁。
穴がたくさん開いていました。
主人はこのあたりに近づきたがりませんでした。
ミュージアムの外の晴れた道。
こんな青空の風景を見られることに幸せを感じました。
**********以下引用****************
なにをして暮らしているか、どんな職業についているかは
結局どうでもよいことで、むしろ重要なことは、
自分の持ち場、自分の行動範囲において
どれほど最善を尽くしているかだけだということです。
(一部省略)
各人の具体的な活動範囲内では、ひとりひとりの人間が
かけがえなく代理不可能なのです。
だれもがそうです。
各人の人生が与えた仕事は、
その人だけが果たすべきであり、
その人だけに求められているのです。
「それでも人生にイエスと言う」 より




