自己中心的な持論ですので、ご意見、反論、コメント等是非お待ちしております。


このたび、自閉スペクトラムについて考えてみました。


今回は自閉スペクトラムだけに焦点を当てておりますので、ADHD、LD等の傾向がなく、一般的に「自閉スペクトラム」と呼ばれている症状だけについての私の考えをお話していきます。スペクトラムと言われているだけに症状は十人十色であると思いますが今回そこは私の持論含みのお話で片寄っていますのでそれを踏まえて聞いていただけると嬉しいです。



私は、自閉スペクトラムは、DNAに"自閉スペクトラム"という疾患の因子があるのではなく、何らかによって常時過集中状態になっているのではないかと考えましたがどうおもわれますか。




私はこれまでに自分自身は、アスペルガー症候群に当てはまる症状が多々あり、それに悩まされて生きてきたと思っています。


例として1つあげると、私が好きなものは「数字」であり、没頭すると息をするのを忘れるくらいそれに集中し、視界が狭くなりひたすらその作業が終わるまで作業をし続けます。その過集中状態にさせている何らかの理由というのは、ホルモンかもしれないし、脳の構造かもしれないし、それはわかりません。数字の何が好きなのかは語りだすときりがないので今回はやめておきます。


私は集中状態とそうでない状態を明確に分けることやスイッチを切り替える事が出来ますが、意識していないと集中モードに自動的に切り替わってしまうので、意識的にゆったりモードになるように心がけています。


集中モードの時は視界が半分になり、頭のなかでずっと考え続けている状態になります。それが計算であったり、何かの事象が起こった時にそれについての法則を見つける作業をしたりしていることが多いです。独り言をいうときもあれば、ひたすら頭のなかで考え続けることもあり、突然その答えが出たり、何かをひらめいたりすると「なるほど!」等と声がでてしまったり笑いだしてしまうので周囲にビックリされることも多いです。


集中モードのときは、周囲の音のかなり細かいところまで聞こえるようになりますが、だからといってそれを全て何をいっているかまでは認識はしません。様々なおとが一気に入ってきてしまうのでうるさくて仕方ありませんので対策としては常にイヤフォンで同じ曲を何度も繰り返し再生して、うるさいものを遮断しています。1つの音の方が落ち着きます。レストランなどで友人と話していると、なぜか周囲の座席の人全員の話し声が一気に耳にはいってきて区別がつかなくなってしまうような状況になることもあるから困りますが毎回ではありません。


つかれているとき、睡眠不足の時などは、特に集中したくないときでも勝手に集中モードに切り替わってしまうので厄介です。逆によく眠れた日は自分のこの集中スキルをコントロールしやすいです。


その時の自分の顔や目を鏡でみると、表情は硬め(というか力が入ってる感じ)、目は中心部に近いどこかにぴったりとあっています。活字を読んでいるときみたいに焦点を対象物に常に合わせているような状態で日常生活を送っています。ですから、回りで何かが起きてもあまり気がつきません。誰かが突然話しかけてきても、自分に話しかけてきているなんて気がつきません。


筋肉の使い方や身体の重心、力の入れ方等が不器用だからか、常に身体のどこかに力が入っていたり、身体の筋肉がつく部分が片寄っていたり、背筋が曲がっていたり、歪んでいたりします。とにかく呼吸が浅く、口呼吸ぎみだったりして口がポカンとあいていたりして顎が弱いです。息をするのを忘れているので酸欠状態になっているからか、体がダルいです。






なんか長々と書き続けてきましたが。。。


上記はあくまでも私のこと。研究しているわけではありませんので笑って流してください。ASDで苦しまれている方申し訳ありませんえーん

私の過集中が、ASD由来のものであるかは定かではないですが、過集中している時は視界がかなり狭く、他者に話しかけられても聞こえないです(音として聞こえるけど、理解するまでには至らない)。過集中は一点に集中するために視界が狭いから、周りで何が起こっているかはわからない(というかどうでもよい)状態になります。しかし集中していることに関しては特化します。意図的に、視界(視野)を広げるよう試みると、力が抜けて頭がスッキリします。やり方は、中心によっている目を、180度以上無理して見るような感覚にして、深呼吸をしてみることを数分試みてます。そうすると、晴れ晴れします。






で、ここからが私の自分自身の人体実験による仮説




過集中状態の長年の蓄積により・・・




何かに過集中している間に、一般人(定型発達)が培っている歳相応の人と人とのコミュニケーション等で成長する人間性・社会性のようなものは、身に付いていない事が多いのかもしれません。しかし好奇心で色々知りたいから色々調べて知識はかなり豊富です。要するに世間知らずの頭でっかちにみえてしまいます。集中の対象になったものに関しては超特化し、ノーベル賞ものなのです。



過集中した後は、その自覚がないので疲れている事に気が付かない事が多いです。過集中状態が長期化すると、ターボエンジンフル稼働で燃料切れ状態になります。もう、何も出来ない空っぽの状態が数日続くのです。 



人と違うことを何度も経験し過去に大衆から除外されたり失敗に至った経験があり、他人の気持ちを読もうと必死ですが、常時深読みし過ぎてさらにあさってな発言をしてしまいます。挙げ句のはてには疲れはてて二次障害に陥るのです。

正義感により、困っている人からの質問や問題事象にたいして持ってる経験や知識をフル活用して常に論理的に物事を解決に導こうとするので、論理を優先して相手の「感情」を考えずにもの申し、空気読めないとか言われることもあります。しかし発言には、本人的には悪意は全くありません。 



考えに考えたのち、自分は最善の策を言ったつもりが、相手は何だかわからないのに傷ついたり、迷惑がったり、自分の近くからいなくなったりしていることが多いのです。まわりは嫌なやつであると間違った解釈をし、除外します。本人は仲間はずれにされ、いじめられたと思ってしまうのでしょう。




最後に疑問

もしこのストーリーを考えた場合、これが本物であった場合、非定型発達は疾患なのでしょうかと疑問に思います。