「手を洗う」「確認する」「数える」がやめられない | 医療・介護系の転職なら(株式会社メディカルブレーン)

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 前回まで、不安障害の5つのタイプを「G-POPS」として覚えていただきましたが、今回はOに相当する強迫性障害(obsessive compulsive disorder, OCD)について学びましょう。これまでの連載で、不安には「怖れ」と「こだわり」という2つの要素があると説明しましたが、OCDはこれに加えて、「こだわり」が関与する疾患の代表です。


■強迫観念と強迫行為

 公園にある公衆トイレのドアノブを触るときに、汚いのではないかと気になったり、外出するときに自宅のドアの鍵をちゃんとかけたかどうか気になったり、という経験はありませんか。

 トイレのドアノブを触ったからといっても、すぐに感染症で倒れたりしないと分かっているのに、気になってしまう。日常の意識に「こだわり」が侵入してきた瞬間です。これを「強迫観念(obsessions)」と呼びます。さらに、強迫観念を打ち消すために手を洗い続けたとしたら、それが「強迫行為(compulsions)」となります。OCDの診断には、強迫観念あるいは強迫行為のどちらか一方が必須で、80%以上の症例では両方とも認められます。


■Washing、Checking、Counting

 強迫観念には、汚染への恐怖だけでなく、戸締りやガスの元栓の確認、物品が整理整頓されて並んでいないと気が済まない、車の運転をしていて、気が付かないうちに人を轢いてしまったのではないかと不安に苛まれる、など様々な種類があります。ここでは"Washing, Checking, Counting"と覚えてください。

 「Washing」とは、まだ汚れているような気がしてずっと手を洗い続けてしまうことです。「Checking」とは、机の上のモノが少しでも乱雑に置かれていると気になって整理整頓してしまう、あるいは戸締まりやガスの元栓を確認し続けることです。「Counting」とは、書棚に本が何冊あるか何度も数えてしまう、ある種の数字を数えたり計算してしまうといったことです。

 患者の持つ「こだわり」には、実に多様なバリエーションがあるのですが、どれにも共通する重要なポイントは、以下の2点です。

OCD診断のポイント
  • 患者はそのこだわりが不合理であるとわかっているが、気になってしまう。
  • そのために自分や周囲が困惑し、日常生活に影響がでている。


■強迫性障害に気づくための質問

 診察のなかで、細かいことをしつこく確認してくる患者や、小さなことにこだわる患者と出会った場合はOCDを疑います。OCDは高率にその他の精神障害と併存するため、抑うつ気分やOCD以外のタイプの不安症状を持つ患者に出会ったときも、OCDの有無をチェックする必要があります。OCDに気づくためには、日常生活への影響を尋ねた後に、“Washing, Checking, Counting” についての質問を行ってください。

MAPSO問診:不安障害《3》
【強迫性障害(OCD)】
  • 「あなたには、日常生活の妨げになるような考えや儀式がありますか?」
  • 「手の汚れが気になって、ずーっと洗い続けることがありますか?(Washing)」
  • 「ガスの元栓や家の鍵の確認に時間がかかるとか、確認のために、わざわざ駅から戻ってしまうことがありますか?(Checking)」
  • 「何回も、何かを数えないと気が済まないというクセがありますか?(Counting)」


■正常と異常(障害)の違いはあいまいである

 手が汚染されているような気がして、ずっと手を洗い続けてしまうOCDの場合、何分以上手を洗っていたら、それは異常でしょうか? 3分も洗っているとしたら、随分長い手洗いだと思いませんか?

 では、3分の手洗いは日常生活に著しい支障をもたらすでしょうか? 1日に2~3回、3分ずつ洗うだけだとしたら、日常への支障は大きいとはいえません。すなわち3分の手洗いは普通ではないが、障害とはいえないのです。

 一方、もしも1時間以上手を洗い続けたとしたらどうでしょう? 手は荒れて、日常生活は明らかに影響を受けそうですね。これは障害といってよいでしょう。では30分なら? 15分だったら?

 そう、正常と異常(障害)との境界は明確ではありません。医師は患者の非言語的メッセージにも注意しながら、その症状が日常にどの程度悪影響を及ぼしているのかを感じ取ってください。

 わたしはよく「その症状さえなかったらなぁ…、とつくづく思いますか?」と聞きます。その問いに対して、患者が深くうなづきながら「まったくです、本当にそう思います」と応えれば、日常への影響が著しいと判断しています。


■プライマリケアにおける対応法

 内科医・プライマリケア医がMAPSO問診を実践し、OCDの傾向を持つ患者と出会ったとき、どのように対応すれば良いのでしょうか。以下に、ポイントをまとめました。

強迫性障害:患者への対応
  • 「これまで随分不便をして、つらい思いをされていたのですね」とねぎらう。
  • こだわりは、不安という症状に過ぎない、症状なら治せることを伝える。
  • 「ま、いっか!」で、強迫行為の回避を試みる。

 まず、これまで苦しんできた患者のつらさを認めてあげて、その苦労をねぎらいましょう。

  • 「そうですか、ご自分でも何をやってるんだろうと思いながら、随分長い間不便をしてこられたのですね」
  • 「恥ずかしくて、なかなか他人にもいえなかったと思いますが、よく話してくださいました」
  • 「こだわりのためにうまく生活できないのは、つらいでしょうね」

 上記のような言葉をかけてあげることで、医者と患者は深くつながることができます。

 OCD患者は、奇妙なこだわりにとらわれている自分を「おかしい」と思っていて、自分はおかしな性格なんだと自己認識していることが多いです。医師から「それは性格ではない、こだわりという不安の一形態であり、OCDという病気の症状なのだ」と伝えられると、患者は始めて自分の強迫観念・強迫行為を「症状」として客観視することができます。中には、その視点の変化に衝撃を受ける患者もいるほどです。症状であればこそ、それは治す対象なのだ、という認識にもつながります。

 OCDに対する非薬物療法(精神療法など)は、内科医・プライマリケア医には実施が難しいためお勧めできません。わたしが実際に外来診療時に行っている患者へのアドバイスは、以下のようなものです。

  • 「こだわりが気になり出す、ごく初期のうちに、『ま、いっか!』といってその場を立ち去るようにしましょう」
  • 「いったん確認作業を開始してしまうと、結局それにハマって止められなくなります。確認作業が始まるごく初期のうちに、それを回避することが重要です」
  • 「なんでも語尾に『ま、いっか』をくっつける習慣にすると良いですよ」


■強迫性障害の薬物治療もSSRIが基本

 具体的なSSRIの使い方については後でまとめてお話しますが、ここでは内科医・プライマリケア医にとって、OCDの治療の基本は「SSRIである」と憶えておいてください。内科医・プライマリケア医の外来で見つかるOCDは、精神科外来を受診した症例に比べると、より軽症であり、治療への反応も良好です。それでも、OCDの場合はSSRIを最大量まで増量した方が良いでしょう。SSRIの最大量を2カ月投与しても十分な改善が得られない場合は、精神科専門医に紹介すべきです。


■症状の改善は定量的に評価する

 SSRIによる治療を続けると、OCDの症状はゆっくりと改善してゆきます。ところが患者本人に「最近、こだわりはよくなりましたか?」と尋ねると、「全然よくなってないです」と答える患者が多いのです。以下、診察室での会話を再現してみましょう。

医師「今は何分くらい確認作業をしているのですか?」
患者「そうですねぇ・・5分くらいですかね」
医師「5分を一日何回くらい?」
患者「2回くらいでしょうか」
医師「○○さん、あなたはとっても良くなってきていますよ!」
患者「……そうでしょうか?」
医師「だって、以前のあなたなら、1回30分以上の確認を、1日4~5回以上やっていたのですよ、つまり1日2時間はやっていたのに、今は1日10分に減ったじゃないですか」
患者「そういえばそうですね」

 患者としては、自分が「まだ気になっているのか、もう気になっていないのか」で治療効果を感じとっています。ところが、治療のゴールは「もう全く気にならない」状態を目指すのではなく、「日常に悪い影響を及ぼさない」状態なのです。上記のように医師と患者の間には認識の差があることが多いので、こだわり症状にどれくらいの時間を費やしていたのか、定量的に把握すると治療の効果を感じ取ることができます。


■内科医が強迫性障害を診る意義

 内科医・プライマリケア医がOCDを診療する意義は、以下の3点です。1)強迫症状という患者の苦しさを主治医が理解すると、医師・患者関係がよくなる。その結果、全般に治療効果は向上し、医師にとって診療が楽しくなる。2)OCDとしての患者の特性を理解すると、相互がストレスのない付き合いができるようになる。「しつこい」「くどい」とイライラしていた医師も、状況を客観的にみて冷静に対応できるようになると、診療が快適に進む。3)診療の幅が拡がることにより、内科医・プライマリケア医としての自己効力感が上がる。

 これまで単なる「癖」や「性格」だと思っていた、習慣、こだわり、細かいことを気にする態度などが、実は不安の現れであったと知ると、患者を見る目や診察室でのやりとりも、少し違ってみえてくるでしょう。

 次回は、外傷後ストレス性障害(PTSD)についてお話します。

日経メディカルより抜粋