浜口雄幸首相は1930年11月14日午前9時頃、東京駅から岡山に向かおうとしていて、銃撃に遭った・・・

 

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写真1,2(↓):浜口首相遭難現場のマーク

 

 

 

東京駅構内中央通りから、東海道・山陽新幹線中央改札口へ登る階段の手前にあります・・・新幹線

 

とても人通りの多い場所でありながら、解説のプレートもないので、ただの装飾タイルくらいにしか思わず、皆速足で通り過ぎていきます・・・ランニングランニングランニング

 

浜口首相は金解禁を断行し、ロンドン海軍軍縮条約調印を行ったが、これに不満を持つ者もあったとのこと。

 

銃撃で重傷を負い、翌年死去・・・お願い

 

写真3(↓):昨年の夏に訪れた高知市五台山の展望台から浦戸湾を望む

 

 

写真4(↓):展望台へ向かう途中にある浜口首相の銅像

 

 

浜口首相はその風貌からライオン宰相と呼ばれていたそうですが、確かにそのような風貌の銅像が突然現れたのでびっくりしました・・・しし座ポーン

 

検索してみると、浜口雄幸ライオン宰相は土佐の人で、ここ五台山村の出身であることがわかりました。

 

旅をすると、いろいろなものに出会うものですね・・・真顔

 

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