公立の中学校について

自分が中学生の頃、そこが自分の全てだった

人間関係は大嫌いだったし、ヤンキーが幅を利かせているのも不快だった

担任の先生のエコひいきは当たり前だった

でも、部活は真面目にやらなければいけなかったし、校則は厳しかった

 

私は全てにおいて普通で、成績は2もないし、5は一つくらい

自分の子育てと比べてみて、何が違うかというと、圧倒的に自分の力だけで、生きていた

情報を集めることも自分だし

塾も自分で見つけてきたし、困っていることを親は気がつかなかった

シングルマザーの彼女、母は私の後ろに隠れていた

先生に不愉快な扱いをされても助けてくれることはなかった

学校に行きたくないと言っても、ほって置かれた

部活で疲れて勉強できなくても、何もしてもらわなかった

 

何もしてくれないことの愛情というより、中卒の彼女、母は働くことだけで、あとはやり方がわからなかった

周囲の子供が塾のおかげで成績が良くても、私が勉強しないせいだと罵った

 

 

 

もう、、、、それに比べると、信じられないほど息子は私に守られている

このやり方が決して正しいと思わない

ただ、今の公立中学の教師を見ていると、生活のために働いている人間。。。。という部分が見えすぎて、子供のために何か熱く頑張りたいなんて、思っていなくて当然

そこに苛立ちなんて感じない

それくらいで、ちょうどいい

先生は過労ですぐ病気になってしまう

で、学校と家だけで、多感な中学時代を過ごすことは非常にもったいない

それは私立の高級な中学でも同じような気がする

 

提出物を期限以内にきちんと提出するという内申点の作業は、会社員になる練習なのだろう

でも、世の中の資本主義に勝ち抜いている人は

1%の個性を生きることができた人

 

社畜になったり、転職ばかり繰り返したり、結婚も子供も諦めて暮らす都会の30代

学歴があっても、豊かに過ごしている人はすごく少ない

中学の中で、いじめを受けて苦しむ子供たちはなぜ、学校に行くことを選択し続けるのだろう。

 

学校ほど、どっちでもいいところなんかない

中学は思春期の子供が昼間に収容される檻の中に見える

勉強は塾でフォローしなければ何も役に立たない内容だし

部活は顧問なんかやりたくない教師しかいないし

教室の中は地域がら治安が良いとは思えないし、

あんな教室の人間関係なんか、社会に出たら、どちらでもいいことばかり

子供に有効な時間を過ごしてほしい

せめて高校は創造的で充実した時間を過ごしてほしい

そういう時間を過ごすためには、ヤンキーが幅を利かせている集団から出る必要がある

 

 

 

気持ち良い人間関係に恵まれている人は一体どこにいるのだろう