日進月歩〜AIDで授かった我が子と向き合う〜

日進月歩〜AIDで授かった我が子と向き合う〜

夫婦の事情で赤さんがなかなか来られないようで…
赤さんを迎えに行くため日進月歩。

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タイミングを待って告知をする


そのタイミングはいつくるかわからない


と、覚悟や準備はしていました。


今回はそのタイミングに直面しました。




寝かしつけの時のこと。


娘は運動会の練習が始まって


「(自分は)足が遅いかもしれない。」


と不安そうにしていました。


「お母さんは足が速かったから、娘も速いかも!」


なんて話をしていました。


娘が


「お父さんは?」


と聞いたので、


「お父さんはどうかなぁ。明日聞いてごらん。」


と答えました。


すこーし私の覚悟に触れるような話題。


でもここで告知したわけではありません。



さらに娘はこんな話をし始めました。


「私はね、お父さんとお母さんの本をもらって生まれてきたんだよ。おばあちゃんおじいちゃんの本もある。」


私「本?どういうこと?」


娘「足が速いとかね、本に書いてあるの。」


つまり要約すると、


遺伝的な要素を引き継ぐことを本に例えている。


もらった本に「足が速い」と書いてあれば、自分も足が速くなる。


その本は血縁者のそれぞれからもらう。


ということらしいのです。


新型コロナウイルスの番組で見たそうです。


なんて素晴らしい種をまいてくれたんだ!!!


ありがたい!!!!


何の番組かはわかりませんが、、、ガーン



さぁてさて、


寝かしつけの最中


私は考えました。


この機会をどう活かすか。


見送るか


掴むか


ちょっとつっつくか


どんな反応になるか探るか




私は探りました。


私「もし娘にお母さんの本がなかったらどう思う?」


娘「やだ!お母さんの本ある!!」


私「もしお父さんの本がなかったら?」


娘「やだ!私はお母さんとお父さんの本を持って生まれたの。」


涙声の娘。


結構感受性が豊かです照れあせる


この瞬間、この場で本がないという説明の選択肢は消えました。




私「誰の本がどれだけ分厚くて大きいかわからないね。お母さんの本がとーーーーっても薄くても、分厚くて大きくてもどんな娘でもお母さんは娘のこと大好きだよ。


(指で示しながら)こーーーんなに薄くてもさ、いっぱい思い出があるから似てくることもあるね。お出かけとかゲームとかキャンプとかおりがみとか一緒にいろいろやったから一緒にできるようになったこともあるね。薄かったと思っていた本がもう(手をいっぱいに広げて)こーーーーーんなに分厚くなったかもね!」



娘は分厚く大きくなった本のジェスチャーのところでケラケラ笑いました。


飼っているペットも話題に出して、


私「うさぎちゃんの本も最初はなかっただろうけど、今はあるよ!思い出あるもんね。」


娘「エサあげたりしたもんね。」



もうこの辺りから本は遺伝的な話じゃなくなってきました笑


本質を欠く。


でもいいんです。



娘にとっての本は


アルバムになるといいなと思ったので。


血のつながりがなくても一緒にいたら


心は通うし、


同じような気持ちになることもあるし、


思い出は増えるし、


共有することを積み重ねて


時折一緒に振り返ることもできる。


アルバムは作っていけばどんどん増やせるんです。


厚みを増して、その人の人生を豊かにするんです。



遺伝的な要素で影響がなかったとしても


一緒にいることで後天的に影響を受ける。


それに目を向けてくれたら最高だなと思います。




今回は


お父さんお母さんの本が揃っているわけじゃない


とは言えなかった。



でもいつか


この本の話を活かして


きっと


伝えられる日が訪れる。


そんな気がします。